■第一回■
アガペイズ(山田玲司)

闇の中で戦い続けて来た日々は
 決して君を裏切らない

【作品概説】
 インディーズのカリスマビジュアル系バンド・エロスの美形ボーカリスト・水樹百合(みずきゆり)。彼はゲイである。音楽しかできない彼が惚れた相手が、同じ学校の野球部でキャッチャーを務める男・金田虎輝(かねだとらき)であった(当然ノン気)。彼を甲子園に連れて行くため、やったことのない野球、それもピッチャーを買って出る。勝つために魔球を覚えるが、それは一つマスターするたびに大切なものを一つ失っていく正に魔性の球であった。それでも百合はそれを隠したまま、愛する男のために戦い続ける。自分の愛が決して報われないことを知りながら…。
【所感】
 いきなり趣味丸出しのセレクションだが、まずはこれを紹介せずにはいられない。それほど好きな作品なのだ。
 私は野球漫画は全般的に好きだが、魔球が登場するものはことさらに好きだ。だから『巨人の星』(注1)が好きだし、『キャットルーキー』(注2)でも第三部が一番好きだ。この作品でも最初の方を読んで魔球が登場した時、『おぉ』と思ったものだ。しかし読み進めていけば、この作品の一番の見所は別の所にあると分かる。それは悩める主人公達。主人公・百合をはじめ、登場人物たちは皆、それぞれに生まれや育ちにおいて不幸な境遇を持ち、悩み、苦しんでいる。彼らが発する言葉その一つひとつが重く、読む者を強く惹きつける。いわゆる『山田節』とも言われる台詞回しはこの作品からよく登場するようになったのではないだろうか。ともかく、百合だけでなくその恋愛対象である虎輝、チームメイトのナツオやハルキも悩み、そしてそれを乗り越えて成長していく。そこが一番の面白さなのだ。
 作中に幾度となく登場する言葉、『アガペー(注3)』。百合はアガペーとエロスの間で葛藤する。虎輝に対してアガペーを持って接していると言い張り、また、そうあろうと努めるが、百合が真にアガペーを持って接していたのは、愛することのできない異性・雨野渦女(あまのうずめ)であったのは皮肉というほかはない。いや、愛することができないからこそ、であったのかもしれない。しかし、結果的には彼は決して不幸ではなかっただろう。
 彼らは最終的に甲子園大会出場は果たすものの、惨敗。百合自身は大会には出場せず、たった一人で命を断とうとする。そこから彼と同じく苦しみを乗り越えたチームメイトと共に再び這い上がっていくのだが、そこまでは描かれることなく連載は終了している。百合がどうなったのかは『NG(注2)』で知ることができる。同作において彼が『馬鹿が好きでね』と言った時、私の胸には込み上げるものがあった。そして彼の幸福を心から喜んだ。(2005年1月15日)

(注1)言わずと知れた野球漫画の金字塔。いずれ紹介します。
(注2)プロ野球チーム・トムキャッツのルーキー達を描いた野球漫画。これもいずれ紹介します。
(注3)元々は神の人間に対する愛。肉体的欲求などの見返りを求めない、自己犠牲的な無償の愛。『エロス』と対極をなすもの。
(注4)山田玲司の作品の一つ。音楽でメジャーとなった百合が登場する。

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