■第九回■
死刑囚042(小手川ゆあ)

僕たちは みな 夢を見た
 幸せで 残酷な夢を

【作品概説】
 死刑制度、終身刑の廃止を検討している政府は別の形の刑罰として、無償で死ぬまで国民に奉仕させることを考案。そのための実験として、立件されただけでも7件の殺人を犯した死刑囚042号・田嶋良平(たじまりょうへい)は、脳に自爆チップ(注1)を埋め込まれ、公立高校の用務員として働くこととなる。そんな中で田嶋は周囲の人々との関わりを通じて感情を取り戻していく。(注2)
【所感】
 主人公・田嶋は死刑囚です。でもなんか『イイヤツ』です。たぶんこれは、実験チームのメンバーや勤務先の生徒・下曽山ゆめ(しもそやまゆめ)の影響でしょう。彼らのお陰で田嶋はドンドン『イイヤツ』になっていき、自然と感情移入してしまいます。物語もバリバリのシリアスといった感じではなく、何となく心温まるような描かれ方なっています。読んでいると、田嶋が死刑囚だなんてことは忘れてしまうほどです。
 私が一番、印象的だったのは、田嶋のために尽力する椎名(注3)が「死刑囚に夢を見させるようなことをしてどうする」と言った意味のことを言われ、「死刑囚でも死ぬ時までは人間らしく生きて欲しい」というような答えをするところ。田嶋の実験の間の生活は、正にこの一言に尽きると思う。人を愛し、人のためにできることをする。人として理想的な、幸福な生活がそこにはあった。ゆめが自分の進む道を決めたのも、死刑賛成者の椎名が高校を去る時に壇上であんな話をしたのも、そんな田嶋を見ていたからではないでしょうか。『更正』という観点で見れば、田嶋は立派に更正されています。きっと社会に出てもみんなに愛される人間になったことでしょう。しかしこれはあくまで『実験』であり、彼がどんなに素晴らしい人間として立ち直ろうとも関係ないのです。物語終盤、実験は終わりを迎えます。その時、みんなが涙する。誰もが頭では分っていたことなのに、それでも泣かずにはいられない。周囲の人間にとって田嶋の存在はそれほどまでに大きくなっていたということなのでしょう。きっと彼らはこれからつらいことがあった時でも、花を見て田嶋のことを思い出すのではないでしょうか。 (2005年5月23日)

(注1)殺意を抱くほどに興奮すると、脳を吹き飛ばすチップ。
(注2)死刑囚の人権問題だとか、法制度がどうだとか、そういう要素がウリの漫画ではありません。
(注3)実験チームのカウンセラー。

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