■第二十五回■
花の慶次−雲のかなたに−(原哲夫・隆慶一郎)

『ほとほと傾いたものよ』

【作品概説】
 隆慶一郎による小説『一夢庵風流記』を漫画化した作品。戦国〜安土桃山時代を生きた稀代の傾奇者(注1)である前田慶次郎利益(まえだけいじろうとします)が主人公。武術に長けていながら風流人でもあり、自由を愛する男の波乱万丈の生き様を描く。

【所感】
 日本の戦国時代〜安土桃山時代というのは、中国の三国時代と並び非常に人気の高い時代である。魅力的な数多くの武将が活躍するこの時代にロマンを感じ、憧れを抱くのも良く分かる。そんな中でも一際、魅力的な男がいた。それが前田慶次である。前田慶次という武将は歴史的資料も少なく、あまり有名ではなかった。しかし隆氏の小説、そしてこの作品で一気に有名になった(注2)。並々ならぬ強さを持ちながらも風流を理解する。それでいてとんでもない行動をする。この作品で慶次を取り扱っているのはだいたい四十代ぐらいの頃からであるが、その年齢であれだけの傾いたことができるのであるから、ただただ驚くばかりである。
 前田慶次は『無念の人』である。というのも、本来ならば前田家の家督を継ぐはずであったが、叔父である利家に奪われてしまうのだ。しかし、望めば天下をとれたかも知れない、と思わせるほどの人であったが、本人はそんなことは望んではいないようであった。それよりも自分の思うままに自由に生きることを選んだであろう。それは秀吉との対面のシーン(注3)からも良く分かる。今の時代ならば、そんな生き方もあるだろう、と思えるが、当時、前田家という家柄の人間でそんなことを望むのは、傍からみれば変人以外の何者でもなかっただろう。しかし、だからこそ余計にこの人物が魅力的に見えてくるのだ。作中に登場する超大物武将たちがこぞって慶次に惹かれるのも良く分かる話である。
 ところでこの作品は、かなり原作に忠実に描かれているが、原作とは違うエピソードがある(注4)。それを不満に思っている人もいるようだが、そんなことは些細な問題である。この作品の魅力は慶次の生き様にあるのだ。詳しい調査によって小説化された(注5)慶次の人生が、原哲夫の美麗な絵によって綴られている。慶次独特の心の触れ合いをも見事に描ききっている(注6)。読んでいるうちにきっと慶次の魅力に引き込まれてしまうこの作品、是非手にとっていただきたいと思う。(2006年1月9日)

(注1)「異風の姿形を好み、異様な振る舞いで人を驚かす者」のこと。
(注2)ちょうどこの作品が連載された頃から、コーエーのゲーム『信長の野望』や『太閤立志伝』にも登場するようになった。
(注3)並み居る大名達の前で秀吉と対面した時、慶次は秀吉に取り入るようなことは決してせず、逆に猿のような格好をし、猿芸をしてみせた。
(注4)後半の話は原作にないものが多い。特に朝鮮に行く話は沖縄に行く話になっていた。これは当時、NHKの大河ドラマで沖縄モノをやっていたことが少なからず影響しているのではないかと思われる。
(注5)原作者の隆氏はかなり詳しく調査して作品を書く人だったらしい。この作品の次に同じく原哲夫によって漫画化された『影武者徳川家康』も、関ヶ原以降の家康は実は別人ではないか、という学説を詳しく調査して書いていた。
(注6)特に結城秀康との場面は秀逸。

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