■第三十二回■
総理を殺せ(森高夕次・阿萬和俊)

『歴史はそんなに甘いもんじゃない』

【作品概説】
 1995年の日本に、30年後の未来からやって来た三浦佳郎。衝撃を受けると過去へとタイムスリップしてしまう体質を持つ彼をこの時代へと運んだのは、2024年に中国から日本へと向けられた核ミサイルであった。
 三浦はその引き金となった未来の総理大臣・剣崎裕太郎を30年前のこの世界で殺すことを決意する。いつ、元の時代に戻されるか分からぬ体で、果たして未来の総理を討つことができるのか?

【所感】
  物騒なタイトルだが、なかなかの良作。普通、こういった内容の作品は設定の都合上、どうしても解説が多くなってしまいがちだが、上手くまとめられた台詞などによって簡単に読者が理解できるようになっている。それに無駄のないテンポ良く構成されたストーリーが加わって、緊張感を持ったまま退屈することなく終わりまでスムーズに読み進めることができる。
 1995年という時代を取り上げたのは、阪神大震災や地下鉄サリン事件(注1)という二つの歴史的出来事があったためと思われる。この二つの現実の大事件を巧みにストーリーに組み込んでいるため、その時代を生きた我々にとっては妙に惹きつけられるものがあるが、数十年後の人達が読んだらまた違った感想を持つかもしれない。
 主人公の三浦は、人類を救おうとする正義漢ではあるが、基本的に普通の人である。そのため、特別、歴史に詳しい訳ではなく、サリン事件の詳細を聞かれてもあまり詳しくないし、阪神大震災も未来の世界での防災の日をきっかけに(注2)思い出している。また、剣持を殺そうとした時も、ためらってしまう。三浦をこのような人物に設定することにより、大方の読者も自分が同じ状況なら同じような結果を招いているであろうと思わせ、リアリティを感じさせている。
 ラストは大くどんでん返しというほどでではないが、納得のできる、それなりにリアリティのある結末でもある。ただ、ちょっとこれでは救いがない気もするが…。
 ちなみに原作者の森高夕次は、漫画家・コージィ城倉(注3)が原作者として活動する時のペンネームです。 (2006年4月16日)

(注1)作中では「あの教団」と呼ばれていたが、やはり現実の名前をそのまま出すのはマズイのだろうか?
(注2)この設定はなかなか秀逸だと思う。確かに、我々とてあらゆる歴史的事件が何月何日起こったものかということまでは覚えていない。ストレートに『1月17日は阪神大震災の日だ』と言い出したら都合よすぎると思ってしまうだろう。
(注3)主な作品として『砂漠の野球部』や『おれはキャプテン』などがある。

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