第一章 転送−濁流に呑まれる若き狼

第五話 兄弟

 翔と陵は大京の城下町を歩いていた。様々な店が賑わしく客寄せをしている。その商店街を抜け、二人は城門のすぐ外にある住宅街へと入った。そのうち一軒の前で陵は立ち止まり、戸を叩いた。やがて中から翔より二、三歳ばかり年上の男が現れた。顔付きは兄弟と言うだけあって陵とどことなく似ていた。しかし身長は陵より遥かに高かった。その男は満面の笑みを浮かべた。
「陵、来てくれたのか。早かったな。さあさあ、入った入った。遠慮なんてするなよ。今日からここがお前の家なんだから」
 陵は手を掴まれて中へと引きずり込まれそうになった。翔が黙ったまま立っていると、その男は彼の姿を見て陵に尋ねた。
「おや、その人は?」
 陵は自分を掴んでいた腕を振りほどいて言った。
「兄貴に会いたいって言うから、連れてきたんだ」
「どうも、初めまして。土方翔です」
 翔が頭を下げると、相手も頭を下げた。
「これはどうも。陵の兄の天宮圭です。ま、こんなところじゃなんですから、取り敢えず上がってください」
 圭の後に陵が続き、最後に翔が家の中に入った。翔と陵が入ると、圭はお茶を三人分、持ってきた。
「それで、私に何用ですか」
 翔は出されたお茶を遠慮なくすすって言った。
「ええ。実はあなたが幕府の役人だと伺ったもので」
「確かに私は幕府の役人をしておりますが、それが何か?」
「人探しをしているんです。南雲と言う人なんですが。風魔という人にも頼んではあるんですけれど、手掛かりはなるべく多い方がいいと思いまして、あなたにも尋ねている訳です。何とかして、彼に会うなり連絡を取るなりできませんでしょうか?」
「その前に失礼ながら、南雲とはどういったご関係でしょうか?」
 二人の会話に陵が口を挟んだ。
「それがねぇ、大変なんだよ」
 翔は陵の方を見て言った。
「いや、俺の口から話そう」
 そして翔はこれまでのことを話し始めた。その全てを聞き終え、しばらくしてから圭は口を開いた。
「なるほど、大変ですね。それにしてもウチの陵がご迷惑をおかけしたようで」
「いえいえ私の方こそ、陵君にはお世話になりっぱなしで」
 そんな二人の会話を聞いて、陵はたまらずに言った。
「ああ、もう。さっきからさぁ、二人とも何をそんな話し方をしてるのさ。もっと普通に話せばいいじゃないの」
 翔と圭は見つめ合って笑った。
「それもそうだな、翔君」
「ですね、圭さん。でも、あなたの方が年上のようだからそれなりの言葉遣いぐらいはさせてもらいますよ」
 三人はそれまで正座していた足を崩した。
「あ、そう言えば翔君。将軍が君のことを探していたよ」
「じゃあ、南雲は将軍に言われて来たのか」
「いやいや、そうじゃなくてソロレシア帝国の皇子を助け出しただろう。なんでも、勲章を出すらしい」
「ああ、なるほど」
「じゃあ、俺ももらえるかな?」
 陵が割り込んで聞いた。
「多分、もらえるんじゃないかな。皇子がえらく熱心に将軍に言っていたようだから」
「やったね」
 陵の喜びとは裏腹に翔は無関係そうな顔をしていた。
「俺は別にいいですよ」
「でも翔、勲章をもらうってことはそれに加えて領地とかも貰えるんだよ」
「そうそう。我が国と帝国との関係を救ったともなれば、かなりのものだからね。それなりの見返りを期待してもいいと思うよ」
「けれど、俺はこの国の人間じゃない。いずれは元の世界に帰るつもりなんですよ」
「ああ」
「そうか」
 翔は呆れ顔をした。
「いやだなあ、二人とも。忘れてもらっちゃ、困るな。それとも俺に帰るなとでも?」
「いやいや、そういう訳じゃないんだけどね」
「ま、いいや。それよりも南雲に会うことはできませんかね?」
翔は話題を元に戻した。圭もそれに応じて真面目な顔付きになった。
「南雲さんとは配属も立場も違うから、直接頼むのは難しいな。それに第一、南雲さんは今、陽京に出張中だと思ったけど」
「え、陽京っていったら、天皇が住んでいるっていう、遥か西の方じゃないんですか?」
翔は興奮して立ち上がった。
「そうだよ。よく知ってるね」
「陵に聞きましたから。それはそうと、どうしてまた、そんなところに?」
「うん、それには君達が助けた皇子が関係しているんだ。あまり人に話しちゃいけないことなんだけど、君は関係者でもあるし、ここの人間でもない。まあ、話しても構わないだろう。実はね、皇子拉致は幕府の反対派の貴族の仕業じゃないかって話があるんだ。他国の重要人物がさらわれるなんて、国際的信用に関わるからね。そして幕府には国を治めるだけの力がない、と文句をつけてそれを大政奉還の口実にしようとしているんじゃないかって。もちろん、自分達の仕業ということは隠して、ね」
「なんて汚い」
 翔は怒りも顕わに言った。
「でも翔君達のお陰でことが明るみに出る前に皇子は助かった。それに皇子を拉致した一味も風魔さんによって捕らえられた。今、奴らを尋問して黒幕を調べているんだ。それで将軍は貴族が怪しいと睨んでいたようで、南雲さんを調査に向かわせたんだ」
 陵は思い出したように言った。
「そう言えば、阿部とかなんとか言っていたな」
「ああ、そうだったな」
 陵と翔の言葉を聞いて圭は言った。
「阿部?阿部清晴…。そうか、あいつならやりかねん」
「その阿部清晴ってどういう奴なんですか?」
「反幕府派の貴族だ。幕府ができる前までの関白で、阿部嘉晴という貴族がいたんだ。天皇を操り人形にして、他の貴族たちを金で取り込み自分の思うままに政治を行っていた。将軍はそれを見かねて幕府を開いたんだ。幕府ができてから数ヶ月後に阿部嘉晴は謎の死を遂げた。どうもそれが息子の阿部清晴の仕業ではないかという話があるんだ。政権を奪われた父親を始末して、自分で再び貴族政権を取り戻すというつもりでね。もしその話が本当だとしたら、あいつは自分の目的のためなら手段を選ばずどんなことでもするだろう」
「なるほどね」
「でも、陽京の調査と捕縛した者に対する尋問が済んで証拠が揃ったら、将軍も黙っていないだろう」
 陵はその類の話は良く分からないらしく、圭に尋ねた。
「どうなるの?」
「少なくとも阿部家は取り潰し。与した貴族にも何らかの罰が下されるだろう。もしそれにごねるようなら、戦も有り得るな」
「将軍に貴族の取り潰しの権限なんて、あるんですか?」
「いや、幕府にはないよ。将軍は武家に対してしか命令できない。阿部は公家だからね。でも事が公になれば、天皇の名の下にそうすることも可能だろう」
「へえ。ま、当然の報いですね。ざまあみろだ」
「呑気に構えてるけど、翔君、もし戦になったら少なくともその間は南雲さんは帰ってこないよ」
「そ、そりゃ困る」
 翔は立ち上がって言った。
「どうしたものかね」
 圭は腕を組んで考え込んだ。翔と陵も考え込んだ。その後、しばらくしてから圭が呟いた。
「やっぱり、南雲さんにはこっちに戻ってきてもらうしかないな」
「でも、言ってみれば私的な理由じゃないですか。そんなのは無理でしょう。それにどうやって連絡を取るんですか?」
「将軍に頼むのさ」
「そんなことができるんですか?」
「さっき、幕府が君に勲章をあげるって言ったでしょ。勲章や栄典の授与というのは将軍が直々に行うことになっている。つまり君には、将軍と直に会う機会があるということさ。その時に将軍に頼めばいい」
「そう上手くいくのかな?」
 圭の計画に陵は疑問を唱えた。
「ま、何もしないよりはマシでしょう」
「そうですね。それで駄目なら、次の手を考えましょう」
 そして翔は立ち上がって言った。
「それじゃ、色々とありがとうございました」
それを見て圭は言った。
「どこに行く気?」
「どこって…」
「行くところなんてないんでしょう。ここに居なよ」
 翔は困ったような顔をした。
「いや、でも、久しぶりの兄弟水入らずを邪魔するなんて・・・」
「それでどうするの?野宿でもするの?」
「それはまあ、適当に…」
「遠慮しないでここに居なよ」
「そうだよ、翔」
 二人はそう言ってくれたが、翔はまだ渋っていた。
「でもやっぱり…」
「うん、じゃあさ、こうしよう。君は今日から僕の弟、陵の兄。それなら一緒にいられるでしょう?」
「ああ、そうだね。それがいい」
 陵も賛成した。
「僕の弟ってことにしておけば、身元に関していざこざはある程度避けられるしね」
 そんな二人の心遣いに翔は涙が出た。
「ありがとうございます。それじゃ、お世話になります」
 そして翔は、長年欲しいと思っていた兄弟を、図らずも異世界で手に入れたのであった。

 ラナンとルノーが乗るNOAHに通信が入った。この時には二人とももう起き出して飲み物を飲んでいた。
「識別コードM−01。サラからだ」
 通信機を操作したのはラナンであった。
「よし、つないでくれ」
 後ろの席に座ったルノーが言った。ラナンがスイッチを押すと、前面のモニターに金髪の女性の姿が映った。
「こちらサラ。二人とも、もうそろそろそっちに着くから、機体を船内ハンガーに移しておいて」
「分かった」
 それだけ言うと、通信は切れてしまった。
「あれれ、もう切れてやんの。相変わらずだね」
 そう言いながらラナンは立ち上がった。
「しょうがない。車ででも引っ張って船に移すか」
 そう言ってラナンはルノーと連れ立って表に出た。
 二人が機体を移し終えた頃、ちょうどサラがやって来た。本名、サラ・バンドーリ。背が高く痩せていて眼鏡をかけた彼女は、二人に挨拶もせずに機体の方へ向かった。
「どれどれ。何これ、砂まみれじゃない。ひどいものね」
 二人の機体を調べながらサラは悲鳴を挙げた。
「ああ、コックピットの中にまで…。何を考えているのよ」
「ちょっとうっかりしててね」
 ラナンは決まり悪そうに答えた。
「だからあれほど出撃前のチェックはちゃんとするように言ったのに。特にあなた達の機体はウチでもまだ試作段階のものなのよ。何かあったら私の首が飛ぶわ。そうなったら責任とってくれるの?」
 サラは不機嫌に言った。ラナンは下を向いた。ルノーは何も言わず腕を組んで横を向いていた。
「まあ、そんなことは今更言ってもしょうがないわね。それより二人とも手伝ってよ。一人じゃ、いつまでたっても終わらないわ」
「分かったよ」
 ラナンは逆らうこともできず素直に従った。
「俺は遠慮する。機械いじりは苦手なんでね」
 そう言ってルノーは部屋へ帰った。
「もう、しょうがないわね」
 サラは図面を取り出してラナンに見せた。
「ここと、ここと、ここ、取り敢えずバラしてね。それから両腕の関節部分のケーブルをチェックして、異常があったら取り替えること」
「ああ、分かった」
 そしてラナンは図面を睨みながら自分の機体をいじり始めた。一方、サラはルノーの機体を調べ始めた。そして三時間ばかりしてからルノーが再びハンガーに現れた。
「おい、二人とも。休憩にしたらどうだ」
 ルノーは手にサンドイッチとコーヒーを乗せたお盆を持っていた。
「ありがとう。今、降りるよ。サラ、休憩にしよう」
ラナンとサラは汚れた作業着の腕を捲って、汗を拭きながら作業台を降りた。
「調子は?」
「うん、ジャイロの方はもうすぐ終わると思うわ。でもアルシオンはしばらくかかるわね」
「そうか、もう終わるか。ありがたい。しかし流石にサラだな。普通はこんなに早く終わらないぜ」
 ルノーは感心して言った。
「いいなあ、ルノーの方はもう終わりかい」
「仕方がないでしょう。アルシオンには変形機構があるんだから。それだけ複雑な造りになっているのよ。特に関節部分は入念にやらなくちゃ、変形できなくなるわよ」
「いや、分かってるけどさ。けどサラ、今度アルケンにデザートコートも本体から電源を取れるようにしてくれって言っておいてくれよ」
「外部モジュールの電源を直接本体から取るのは今のところ無理よ。もちろん研究はしているけどね」
 そこでルノーが話題を転換した。
「ところでマリエとペギラの方はどうなんだ?」
「まだ目的地にも着いてないわ。でも、もうそろそろ着くでしょう」
「ふうん、そっか」
 サンドイッチを食べ終わったラナンはポケットから煙草を取り出し、火をつけて大きく息を吐いた。ルノーはそれを煙たそうにして見ていた。
「そう言えば、こういう軍事用のモーターフィギュアが使われたのはいつ頃からなんだ?俺達が生まれる前はまだ飛行機や戦車なんかがメインだったはずだけどな」
「ラナンって、パイロットのくせに何も知らないのね」
「なんだよぉ」
「ま、色々と理由があるのよ。そんなことよりも続きをやりましょう」
 サラはそう言ってラナンを促した。
「はいはい」
「それじゃ、俺は夕飯を作っておこう。何がいい?」
「私は何でも」
「俺も別に何でもいいよ。しかしお前、ホントに料理好きだな、顔に似合わず」
「大きなお世話だ」

 光明はいつも剣術の稽古に通っている道場に着いた。看板には『御剣剣術道場』と書かれている。光明は戸を開けて中へ入った。
「こんにちは」
 相変わらず門下生が気合の入った声を出して稽古に励んでいる。そんな彼らの横を抜けて光明が更衣室の方へ行こうとした時、何かいつもとは違う雰囲気を感じた。不審に思った光明は道場内をよく見渡してみた。すると、師範であり道場主でもある御剣宗近がいないことに気付いた。光明は近くで素振りをしていた一人を捕まえて聞いた。
「おい、師範はどうした」
 その相手が答えるよりも早く、別のところから怒鳴り声が聞こえた。
「そこ、何をしている」
 声の主は光明と同じくらいの年齢の男であった。背は低く、華奢な体つきをしている。髪は長く、後ろで束ねていた。鋭い目付きで、相手を威圧するかのようだ。
「そこ、早く素振りを続けろ。お前も人の邪魔をしていないで、さっさと着替えて来い。ぐずぐずしていると叩き出すぞ」
 そう言いながらその男は光明の側へと寄って来た。光明はその男に聞いた。
「師範はどうしたんだ?」
 するとその男は光明をじろじろと見つめながら言った。
「師範は自分だ。昨夜、正式に継承した」
 光明が訝しげにその男を見ていると、その男は言った。
「あんた、もしかして東山光明じゃないか?昔、父上に連れられて将軍に会いに行った時、あんたとは会ったことがある。覚えていないか?」
 光明は記憶の糸を手繰ってみた。
「ああ、あの…」
 確かに光明はこの男に見覚えがあった。御剣宗近の息子、宗春である。
「思い出したか」
「でも、俺より大きくなかったか」
「伸びなかっただけだ」
 身長のことを気にしているのか、相手は不機嫌な声で言った。
「まあ、改めて自己紹介だ。自分は御剣流第十三代継承者、御剣夢幻斎宗春だ」
「俺は東山光明」
「御剣家が幕府の武芸指南役だからといって、将軍の息子であるあんたに媚を売るつもりはない。他の道場生と同じように扱うぞ」
「もちろんだ。先代もそうしていた」
「じゃあ、まずは着替えて来い」
 そう言って宗春は更衣室を指差した。光明はその中に入り、着替えながら考えた。
(あの年で継承者とはな…。俺とそう変わらないはずだ。確か先代は父上と同い年だから、まだ四十三。引退するには早過ぎる。ということは、あの男にそれだけの力があるのか。見たところ小さいし、おまけに痩せていて、いかにも弱そうなんだがな。よし、一つ試してみるか)
 光明は先代には実力では到底及ばないが、その剣をある程度受けることができた数少ない人間であった。その力を以って光明は宗春の実力を計ろうと思ったのである。そして着替え終わった光明は竹刀を握り締め、更衣室から出て行った。

 前の晩、翔は圭と陵と遅くまで話をしていた。そのため、この日は遅くに目が覚めた。
「あれ、陵、圭さんは?」
「今日は仕事だよ」
「あ、そっか」
「これから忙しくなるってさ」
「だろうな」
 翔は頭にバンダナを巻きながら陵の前に座った。
「何か食べる?」
「ああ、ありがとう。でもいいや」
 そしてポケットから煙草を取り出してくわえた。しかし火を点けようとしたが、思い留まった。
「なあ、陵。この家って、禁煙か?」
「え、何?それよりも何くわえてるの?」
「何って、煙草だよ。ああ、ここにはそんなものないのか」
「タバコって何?」
 翔は当惑しながら答えた。
「うぅん、何って聞かれてもなあ。火を点けて吸うんだよ」
「何それ?それがどうなるの?」
 陵は興味深々といった感じだ。
「どうなるって言われてもなぁ…。まあ、酒とかと同じで、吸う人にとっては大事なものなんだよ」
「なんか、味がするの?」
「まあね」
「おいしい?」
「人それぞれ」
「じゃ、ちょっとちょうだい」
「よした方がいい。あんまり体にいいものじゃないから」
「何だかよくわかんないなあ。何のためにあるの?」
「答えづらいことを聞くなよ。ま、吸わない人には分からないものさ。じゃ、俺は外で吸ってくるから」
 そう言うと翔は表に出て煙草に火を点け、目一杯吸い込むと気持ち良さそうに息を吐いた。紫色に立ち上る煙を見ながらぼんやりと考え事をしていた。
(いい天気だなあ。…あれから何日くらい経ったんだろう。皆どうしてるかな。父さんも母さんも心配してるだろうな。羽諸さんはどうだろう。約束すっぽかして、怒ってるかな。それとも心配してくれてるだろうか。早く何とかして戻りたいな)
 考え事をしていたのでなかなか気が付かなかったが、いつの間にか行き交う人々が遠巻きに翔を見て、何かを言い合っていた。
「見たかよ、あいつ。口から煙を出しているぞ」
「見た見た。妖術使いかもしれんぞ」
「大道芸人じゃないのか?」
 そんな声が聞こえてきたので、翔は吸いかけの煙草を捨てて踏み消した。
(こっちで煙草を吸うのはやめた方が良さそうだ)
 こそこそと話をしていた人々が立ち去るのを確認してから、翔は家の中へ戻った。そして残りの煙草を箱ごと、屑篭に捨てて陵の前に座った。
「何だか浮かない顔だね。おいしくなかったの?」
「いや、別に。それよりも前から聞きたいことがあったんだ。貧民街でさ、お前以外の人間を見なかったんだけど、あそこに住んでたのって、そんなに少ないのか?」
「ああ、皆忙しいからね。あんまり家にいないんだよ」
「忙しいって、どうして?」
「あそこにいる人間ってのは、親がいない子供がほとんどなんだ。つまり自分の食い扶持は自分で稼がなきゃならない」
「まあ、そうだろうな。でもどうやって?子供を雇ってくれるところなんて、そうそうないんじゃないのか。ましてや親がいないともなれば尚更だろう」
「そう。だから大抵は盗んでくるのさ」
「…生きていくためには、仕方がない、か」
 翔は複雑な表情をした。
「まあね。でも、まったく仕事がないって訳じゃないよ。近くの港に船が来た時なんかは、荷の積み下ろしに雇ってもらえることもある。まあ、そんなにないんだけどね」
「ふうん。俺の国って、裕福だったからそういうことはあんまりなかったな。戦争なんかもう何十年もなかったから、戦災孤児なんていなかったし」
「ふうん、いい国だね」
「そういう面ではね。でもほかはそうでもないさ」
「翔は向こうでは何してたの?」
「学生。俺の国じゃ、大体皆十八くらいまでは学生をやってる。二十歳過ぎてまだ学生ってのもザラだよ」
「それでどうやって生活してるの?学生なんて、あんまり収入ないんでしょ?」
「ま、普通は親に頼ってるな」
「そうなんだ。ますますいいところだね」
「でもさ、こっちに来て痛感したよ。親に頼りっぱなしで生きてきたから、一人じゃ何もできない。年下の陵に食わせてもらって。陵だって、楽な生活じゃないのに」
 それに対して陵は笑いながら答えた。
「そんなこと、気にしないでいいってば」
 ちょうどその時、圭が騒がしく帰ってきた。
「二人とも。城へ行くから、準備をして」

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