第二章 接触−猛る狼、笑う阿修羅

第三話 魔神の力

 ラナン達のマザーシップ、NOAH。その船内でレーダーとにらめっこをしている女性がいた。サラである。
「どうだい、サラ」
 声を掛けたのは赤い髪の男、ラナン。ラナンとルノーのモーターフィギュアの修理が完了してから数日が経っていた。その後、二人は近辺の調査を行ったが、何の収穫も得られなかった。そこでルノー達の機体のレーダーに比べて多少感度は落ちるが、広範囲にわたって調べることができるNOAHのレーダーを使っての調査を試みたのであった。また、マザーシップのレーダーを使うということはモーターフギュアのデザートコートの活動時間が限られるということを気にしなくて済むという利点もあった。
「ちょっと待ってね。今、北の方に反応があったような…。あ、捕らえた。X11Y07の地点に大きな反応。間違いないわ、魔神ね」
「そうか、とうとう姿を現したか。どおりで見つからないはずだ。全然見当違いの所を探していたんだな。でもこの間のとは出現位置に大分ずれがある。違うタイプかもしれないな」
「その可能性は高いわね」
「ってことは下手すりゃ同時に二体相手か」
 ラナン達の会話を聞きながらルノーは地図を呼び出していた。
「おい、そんなことよりその地点ってここだぞ」
「げ…」
「ちょっと、マズイわね」
 その地点には人口を表す赤い点が密集していた。
「確かここはソロレシア帝国首都か」
「くそ。急ごう、ルノー」
 ラナンとルノーは急いでブリッジから格納庫へ向かった。
「ルノー、ブースターを忘れないでね」
「分かってる」
 サラの声を背中に、二人は急いだ。
「よし、サラ。開けてくれ」
「了解」
 サラがブリッジでコントロールパネルを操作すると、NOAHの側面の一部が開いた。
「ラナン・ニアノ、アルバード発進する」
「ルノー・アクラン、ジャイロ出る」
 轟音と共に、飛行機とロボットが一体ずつ飛び出してきた。
「ルノー、目一杯飛ばすぞ。遅れるなよ」
「ああ、ブースターをつけているからな。エネルギー消費は激しくなるが、ついて行くことはできる」
 二つの機体は雲を残して青い空を駆けて行った。

 茶店から戻って来た翔は、宿に入った。しかしあまりの広さに、自分の部屋が分からなくなっていた。
(確か、『藤の間』、だったな)
 キョロキョロしながら歩いていると、声を掛けられた。
「何やってんだ、翔」
「ああ、光明。ちょうど良かった。部屋が分からなくってさ」
「お前の目の前にあるのがそうだよ」
 翔が視点を正面に戻すと、そこには『藤の間』と書かれていた。
「で、どうだった。神殿は?」
「いや、ちょっと遠くてさ。途中で戻って来たよ」
「そうか、それは残念だな。明日、馬車で行ってみるか」
「ああ。ありがとう」
 翔は阿部と会ったことを話そうかと思ったが、なぜか言わない方が良い気がしたのでその事は黙っていた。
「そう言えば翔、南雲の件だが、今夜にもここへ来るそうだ」
「ああ、わざわざ聞いておいてくれたのか」
「到着したら、使いが部屋に来るらしい。それまで取り敢えず、温泉にでも入るか」
「ここ、温泉があるのか。よし、入ろう入ろう」
「温泉の後の飯がまたうまいんだよな」
「そうそう」
 二人は手拭を持って温泉へと向かった。こうしている間にも翔の頭には、この世界にいる自分以外の日本人、阿部清晴のことが思い浮かんで離れなかった。

 NOAHを出発してから数十分、ラナンとルノーは既に帝国領内にあり、その森の上を飛んでいた。遠くに立ちのぼる煙が幾筋も見え、人々の叫ぶ声も微かに聞こえる。
「ラナン、そろそろ着くぞ」
「レーダーに反応はあるが、まだ目視はできないな。どのくらいのサイズなんだろうか」
「行ってみれば分かるだろう」
 そんな話をしているうちに、彼らは首都上空に到達していた。
「う、ひどいもんだ」
 ラナンとルノーはその惨状に目を覆いたくなった。都市は既に魔神の攻撃を受けたらしく建造物のほとんどは破壊され、あちこちに火も出ていた。それでも二人はモニターを通して外を観察し、魔神を探した。
「見当たらないぞ。何処かへ行ってしまったのか」
「いや、まだ反応はある。すぐ近くにいるはずだ。油断するなよ、ラナン」
「ああ」
 二人は視認出来る範囲を見渡した。しかしやはり魔神と思われるものの姿は見当たらなかった。
「見当たらないな。目視できないほど小さいってこともないだろうが。それとも偏光フィールドでも張っているのか」
「いくらエンジェルだってそんなものは作れないだろう」
 その時、上空から光の雨が降り注いで来た。その光は二人の機体をかすめ、地上に落ちて行った。
「何だ。まさか、衛星砲か」
「そんなものがここにあるわけないでしょう。超高高空から撃ってきたのよ」
 ラナンがコックピット内で上を見上げたときに、サラからの通信が入った。
「いい加減に気がつきなさい。相手はあなたたちの頭の上よ。高度は約6000。そのまま垂直上昇すれば見えるはずだわ」
 そう言われてラナン達はレーダーを立体表示に切り替えた。するとレーダーの端の部分、映るか映らないかの境目の辺りに青い点が表示された。
「見つからないはずだ。しかしずいぶんと見下ろしてくれているみたいだな」
「高度6000、か。ラナン、ジャイロではそこまでの高度は出ない」
「分かってる、任せておけ」
「危なくなったら戻れよ」
「ああ」
 ラナンはそう言い残すと、機体を垂直にして上昇していった。
(高度2000、…2500)
 どんどん加速をしていく。意識を失うくらいの強烈なGがラナンを襲った。
(くう、きつい。こんなの実戦ではもちろん、演習でもめったにやらないぞ。高度3000、…4000)
 それでもラナンは操縦桿を握り締め、強く手前に引いた。
(…5300。そろそろだ。…見えた!)
 高度5860の所でアルバードは魔神と相対した。ラナンは機体を水平に戻した。
(これが魔神…、か)
 初めて実物をの魔神を見るラナンは、その姿をよく観察した。一見すると巨大な緑色の人間の形をしている。しかし全身は鎧のような装甲に覆われていて、長い尾が生えている。肩からは傘の骨組みのように開いた砲門のが十本以上あった。おそらく先程の上空からの砲撃はこれによるものであろう。
(しかしでかいな。このアルバードの三倍はあるぞ)
 ラナンの驚愕にはお構いなしに、魔神はラナンを認識したらしく攻撃を開始した。胸部が開いたかと思うと、ミサイルの攻撃が始まった。ラナンは旋回してそれを避けた。その時、ちょうどサラから通信が入った。
「ラナン、いた?」
「サラか。ああ、いたぜ。とびっきり、でかいのがな。待ってくれ。いま映像を送る」
「わかったわ、コンピューターに照合してみる」
 ラナンは攻撃を避けつつ、機体のカメラで魔神の姿を写し、マザーシップへ転送した。
(く、避けているにも限度がある。こっちからも攻撃しなくては。しかし飛行形態で使える武器はバルカン、連射型ミサイル、ダブル・レーザーライフル、あとはシューティング・スターぐらいか)
 ラナンはミサイルで応戦した。しかしミサイルは魔神に到達するまでに全て撃ち落とされてしまった。
(くそ、ミサイルは駄目か。しかしあの装甲にバルカンが効くとは思えない。となるとレーザーだな)
 ラナンは操縦桿の脇のボタンを押した。二本のレーザーが発射される。レーザーは魔神の右腕に命中した。
(よし、やった)
 しかしその攻撃は魔神の装甲にわずかばかりの焼け焦げを作っただけで、大きな損害を与えはしなかった。
(な…、何でできているんだ、コイツは。う、しまった)
 ラナンが驚いているうちに、魔神の反撃が当たった。とはいえ、翼をかすめた程度である。しかしその時の衝撃でミサイルは爆発し、その爆煙で機体左方の視界は一時的に遮られた。
「ラナン、どうかしたの」
 再びサラからの通信が入った。
「左翼に被弾した。それで、何か分かったのか」
「あの魔神なんだけど、照合したら記録があったわ。ケファに出たことがあるみたいね。氷の魔神・ジグとあるわ」
「弱点とかは」
「そこまでは分からない。記録を録ったのはファウンデーションだけど、まとも交戦もできず撤退したみたいね」
「じゃあ何も分かってないのと同じだな。しかしあのミヤケ先輩のファウンデーションすら逃げ出す相手かよ。俺も逃げ出したいね」
「泣き言いわない、男の子でしょ。…ジグは被弾したものを冷凍化させるミサイルを持っているらしいわ。注意して」
 それを聞いてラナンは先ほど爆風に巻き込まれた左翼を見た。
「本当だ、左翼が凍ってきた。ありがとう、切るぞ」
 ラナンは通信を切って、相手の攻撃をかわすことに専念した。
(レーザーも効かないとなると、シューティング・スターを使うしかないか。あまり使いたくはないんだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないな。…シューティング・スター、ジェネレーターとのコネクト完了。エネルギー・チャージ開始。出力を落とせば三発は撃てるだろう)
 ラナンは先程レーザーが命中した魔神の右腕に照準を合わせつつ、エネルギー・チャージが完了するまで攻撃を回避し続けた。そしてチャージが完了するや否や、シューティング・スターを発射した。青く輝く太いビームが一直線に目標に向かって突き進む。しかしそのビームは、魔神本体に到達する前に弾けて消えてしまった。
(アンチビームフィールド!そんなものまで…。くそ、この形態じゃ、通用する武器が何もないぞ。こんな高空で変形を解くわけにはいかないし。仕方がない、一時撤退だ。対策を練らなくては)
 ラナンは降下をしようとしたが、その時にはすでに魔神はアルバードの下に回り込んでいた。魔神のミサイルが再びアルバードを襲う。辛うじてコックピットへの直撃は免れたものの、今度は右翼に当たった。右翼まで凍り始める。両翼の凍結により、アルバードはその特徴とも言える高機動性を失うこととなった。ラナンは半ば死を覚悟した。それでも最後の足掻きとばかりに、魔神の攻撃をかわしながらバルカン、ミサイル、レーザーを乱射した。しかしそのいずれも魔神の装甲の表面にわずかばかりの傷をつけた程度で、逆にアルバードが敵の攻撃を受けるだけであった。直撃弾こそなかったものの、燃料漏れやバランサーの故障など、いつ撃墜されてもおかしくはないほどの状況であった。そんな時、またもサラから通信が入った。
「ラナン、何やってるのよ。無茶しないで!」
「サラ、もう無理だよ。両翼が凍結したうえに、こっちの攻撃が何も通じないんだ」
「いい、よく聞いて。さっき、魔神がビームを弾いたでしょう。そのビームは出力33で撃ったのよね」
「ああ」
「魔神のABFはさっきのビーム拡散の位置と角度から計算すると、レベル4よ。ということは最大出力、つまり出力50のシューティング・スターなら貫けるはずよ」
「それは良いけど、何処を狙えって言うんだ。出力50じゃ、あと一発しか撃てないんだぞ。一撃で奴を落とせると思うか」
「ジグは全長60mからの巨体でしょう。それだけ大きなものがこの高度を保つには、よほど強力なフロートシステムが必要なはずよ。そのシステムを破壊すれば…」
「なるほど、魔神は真っ逆さまって訳か」
「そういうこと」
「よし、分かったサラ。やってみせる」
「がんばって」
 サラは通信を切った。
(シューテイング・スターの残りエネルギーは67。次を外したらもう本当に後がない。慎重にいかなくちゃな)
 アルバードはジグの周りをシューティング・スターのチャージを開始するとともに旋回を始めた。
(どこだ、フロートシステムは)
 ラナンは敵の攻撃をなんとかかわしながらも、注意深く観察した。
(そうか、分かった!あのしっぽに違いない)
 ラナンは魔神の正面で残ったミサイルをすべて発射した。そのミサイルは全て撃ち落とされたが、大量のミサイルの爆発で大きな煙があがった。その煙に紛れて、ラナンは魔神の後ろに回り込み、尾を狙ってシューティング・スターを発射した。
(これで、…終わりだ!)
 ビームはABFを貫通して魔神本体へと向かって行った。しかし魔神の尾をかすめただけであった。
(しまった)
 両翼の破損と凍結、さらにはバランサーの故障といった状態で裏に回り込むためスピードを出したために、発射の瞬間にバランスを失い、わずかに照準がずれたのであった。
(はは…。これで終わりだな)
 ラナンは覚悟を決め、目を閉じて操縦桿から手を離した。しかし何の反応もない。目を開けてみると、魔神は不安定な姿勢で浮かんでいた。
(どうしたんだ。…そうか、あれだけの巨体をこの高さまで浮かせるには、フロートシステムにわずかでも損傷があったらいけないんだ)
 魔神は向きを変えたかと思うと、ふらふらと飛び去って行った。
(た、助かった)
 ラナンは胸を撫で下ろし、ルノーが待つ地上に向けてこちらもまたふらふらと高度を下げていった。

 少し時を戻したソロレシア帝国。この日は丁度ソレビー・カイアンが登陽から帰国した日でもあった。
「ただ今戻りました、父上」
「ああ、心配したぞソレビー。体はもう大丈夫なのか」
「はい、もうすっかり」
「そうか、それは良かった」
 ソレビーと会話しているのはこの国の皇帝であるオレニアス・カイアン。ソレビー同様に金髪であり、ライオンのたてがみを思わせるような豊かな髭を蓄えている。彫の深い顔、筋骨逞しい体。外見からして、頼りになりそうな男、といった印象を与える。彼は登陽の将軍からの親書により、すでにソレビーの身に起こったことを知らされていた。その中には、必ず首謀者を見つけだしてその首をそちらへ送る、といった意味合いのことも書かれていた。しかしオレニアスは、たった一人の息子であるソレビーが無事に帰って来たことだけでもう十分であった。国王の側に立つ宰相や左右に居並ぶ衛兵達もこの親子の会話を聞き、自然と笑みがこぼれていた。
「よくぞ無事に戻った。さあ、早く母にも会いに行くが良い」
「はい、そうさせていただきます」
 ソレビーは一礼して部屋を後にした。はやる気持ちを抑えながら母の私室に向かって歩いていくその途中、激しい衝撃が宮殿を襲った。その衝撃により床が震え壁は軋み、そして天井にひびが入った。
「何だ、今のは」
 バランスを失って倒れたソレビーは起き上がりながら辺りを見回した。すると再び衝撃が来た。すぐ近くの窓からソレビーは外を見た。天から光の矢が降り注いでいる。建物が壊れ、森が焼かれ、人々が逃げ惑う。さながら地獄のようであった。
「これは…?」
ソレビーは急いでオレニアスの所へ戻った。父は椅子から立ち上がり、衛兵たちに指示を与えていた。
「父上。御無事でしたか」
「うむ、しかし一体、これはどうしたことだ」
「私にも分かりかねますが、空から光の矢がこの国へ襲いかかって来ています」
「何と…、それで被害状況は」
「それが、窓から外を見る限りは、地平の果てまで灼かれ無事な所があるのかどうかさえも…」
「む、そうか…」
 その時、三度目の衝撃が宮殿を襲った。今度の衝撃はかなり大きく、宮殿の中でも最も頑丈なこの部屋の天井にもひびが入った。
「ソレビー、逃げろ」
 皇帝は息子を突き飛ばした。途端に天井が崩れ落ち、その部屋にいた者は皇帝、宰相、衛兵を問わず皆、崩れ落ちてきた天井の下敷きになった。
「父上」
 ソレビーは慌てて立ち上がり、父の元へ走った。
「来るな」
 大きな声で皇帝が怒鳴った。
「わしはどのみち助からん。それに、ここももう長くはもたないだろう。一体何が起きたのかは分からぬが、この国はもう駄目だ。頑強な宮殿でさえこうなのだから、ほかは全て焦土と化していよう。良いか、生きてこの国を出られたら、スフィッツオへ行け。リアランド・ストラーという男に頼れ。奴は古くからの親友だ。力になってくれよう。せめてお前だけでも生き…」
 何かが崩れるような大きな音がして、皇帝の声はそこで途切れた。ソレビーはありったけの大声で父を呼んだが、もはや返事はなかった。
「くっ」
 しばらくソレビーは立ち尽くしていたが、涙を拭って振り返り走りだした。
(そうだ、母上は、母上は無事なのか)
 母の私室を目指し駆け出したソレビーは宮殿内の惨々たる状況に目を覆いたくなった。壁や天井が崩れ、人々がその下敷きになっている。助けを求めるうめき声がそこかしこから聞こえてくる。しかし大きな瓦礫の下敷きになっているので、到底助けることなどは出来そうにない。生きている者が自分のほかにいるのかどうか不安にさえなった。
(それにして良く助かったものだ。私の上だけが崩れなかったのか)
 走りながら窓から外を見ると、もう光の雨は止んでいた。
(どうやらもうこれ以上ひどくなることはないようだ。早く母上の所へ行かねば)
 息を切らせてソレビーは角を右に曲がった。するとそこは崩れた天井が積もって道を塞いでいた。ほかの通路からは行かれない。ソレビーは瓦礫をどかし始めた。
「何をなさっているのです、早くお逃げ下さい」
 振り返るとそこには帝国騎士団・インペリアルナイツの鎧を着た男がいた。
「この先に母上が…」
「もう無理です。あきらめなさい。それよりも早く逃げなくては、いつまたあの光の矢が襲って来ないとも限りません」
 ソレビーは相手の言うことに耳も貸さず、瓦礫をどかし続けている。男は仕方がないとばかりにソレビーに歩み寄った。
「ごめんっ」
 男はソレビーの首筋、続いて腹に当て身を入れ、気を失わせた。そしてそのままかつぎ上げ、宮殿の出口へと向かった。

 魔神を撃退したラナンとルノーはマザーシップに戻っていた。ラナン、ルノー、サラの三人はブリッジで、モニターに映った先程の魔神のデータを見つめながら話していた。
「今まで色々と危ない目には会ってきたけど、今度ばかりはもう本当に駄目かと思った。サラのアドバイスのお陰だ、ありがとう」
「どういたしまして。でもラナン、どうしてあの魔神のフロートシステムが尾にあるってわかったの」
「そうだ、それは俺も知りたかった」
 少しもったいぶってラナンは話し始めた。
「うん、それはね、あの魔神はあらゆるところからミサイルやビームを出してきていたんだ。頭部、胸部、両腕両足…。しかし尾からは何も発射してはこなかった。あの魔神は人間をモチーフにデザインされているだろう。でも尾なんて本来、人間にはないはずだ。ということは何らかの必要があって付けたものに違いない。ところが攻撃には使っていなかった。となれば別の目的で付けているってことになる」
「つまりそれが…」
「そう、フロートシステムって訳だ」
 ルノーの言葉を引き継いでラナンは言った。
「なるほどな。しかし俺は危なくなったら戻れと言っておいたはずだったが」
「ゴメン、でもあのときは離脱するのも困難だったんだ」
「まあ無事だったから良かったものの、次からは気を付けろよ。リーダーを失うわけにはいかないからな」
「ああ、わかってるって」
 ラナンはカップを手に取り、コーヒーをすすった。その途端に通信機が鳴った。サラは通信機のスイッチを入れ、手に取った。
「こちらミーナ。応答願います」
 その声を聞いて、ラナンはサラよりも早く反応した。
「ミーナ!今、どこだ」
「そっちに向かっている途中。今はええっと、この地図によるとジェダの森って所ね。そろそろエネルギーがなくなりそうだったから」
 ラナンを押しのけてサラは尋ねた。
「何かあった、魔神の手掛かりは」
「それが何も…」
「そう、こっちは大変だったのよ。何しろ、さっきまで魔神との戦闘だったから」
「えっ、それでどうしたの」
「うん、まあ何とか追い払ったわ。詳しい話はこっちに着いてからね」
「分かったわ。そろそろだから、シャッター、開けておいてね」
「了解」
 通信を切ると、ラナンは不満を顔に出して言った。
「ひどいな、サラ。人を押しのけるなんて」
「何を言ってるのよ。あなたが割り込んで来たんでしょう」
「せっかくミーナと久しぶりに話していたのに」
「すぐこっちに来るわよ。それよりもミーナが来るまでに報告書を書き上げておいたほうが良いんじゃないの」
「ああ、分かってるよ」
 ラナンはしぶしぶと自分の部屋に戻って行った。

 ソロレシア帝国とラードルールの大公領の一つであるゲルミリオはジェダの森を境として隣接している。ゲルミリオの大公はサンドリア・ガニウム。ガニウム家はアルバラルカスの部下のジークフリードを祖としていると言われる。ソロレシア帝国からゲルミリオへと抜ける森の道に二人の男がいた。一人は草の上に倒れている。黄金色に輝く頭髪、白い肌、着ている服も汚れてはいるものの、上等な布を使い美麗な刺繍が施されている。そしていま一人は木の陰から森の外を見つめている。赤毛で髭を生やしていて、筋肉質で全身鎧を纏い肩から白いマントを着け、腰には長い剣を下げている。その男は振り向くと皮の水袋を取り出し、倒れている男の口元へ持っていって飲ませた。すると金髪の男は目を覚ました。
「気が付きましたか、ソレビー様。手荒な真似をして申し訳ありませんでした」
 ソレビーは頭を振ってから、辺りを見回した。
「…ここは?」
「ジェダの森です」
「ジェダの森!何だってそんな所に…」
 相手の男は暗い声で言った。
「帝国には、もう、まともな状態で残っている土地はありません。生き残ったわずかな人々はパニック状態に陥いり、略奪にはしる者もいて国内はどこも危険な状態でした。ですから取り敢えずこの森まで逃げて来たわけです」
 その事を聞いてソレビーは溜め息をついた。しかしすぐに何か思い出したかのように顔を上げて、相手を問い詰めた。
「そうだ、あのときなぜ母上を助けるのを邪魔した」
「お言葉ですが、あの様子ではとても…」
「ならば私のことは放っておいて欲しかった。せめて父上と母上と一緒に死にたかった」
「な、何ということを…」
「生きていてどうしろと言うのだ。家族もなく、国もなく、臣下も国民もいなければもはや皇子でもない。どうやって生きていけというのだ」
 ソレビーがヒステリックに叫ぶと、男は握り拳でソレビーの顔を思いきり殴りつけた。ソレビーは不意の出来事に驚き、動けなくなった。
「何を甘ったれたことを言っている。どうやって生きろだと?いい歳して、人に言われなければ何もできないのか。ならば言ってやろう。自分の国をあんなにした奴の正体を突き止めるんだ。訳も分からず己の全てを奪い去られて泣き寝入りするつもりか。俺はいやだ、俺は俺の故郷を破壊した奴は許さない。きっと復讐してやる」
 ソレビーは殴られたところを手で押さえたまま呆然と相手を見つめていたが、やがて笑って言った。
「ふっ、そうだな。その通りだ。このままで済ます訳には、いかないよな。よし、一緒にやってくれるか、ええっと…」
「ユーリ・ミハイロフです」
「協力してくれ、ミハイロフ」
「喜んで」
 そして二人は手を握った。
「で、まずはどうしますか」
「そういえば父上がスフィッツオのリアランド・ストラーを頼れ、とおっしゃっていたな。よし、スフィッツオへ行くか」
「分かりました。ではゲルミリオの領内に入ったら町を探して、もう一頭シャンナを調達しましょう」
 シャンナというのはこの世界特有の長い尾と短い羽根が特徴の二本足の動物である。その歩行速度は人間の約五倍で、大きさにもよるが人を一人や二人乗せても変わらぬ速さで長時間走り続けられるという、長旅には欠かせない理想的な乗用動物である。
「それは良いが、私は金を持っていない。不意の出来事だったからそんなものを用意している暇などなかったからな」
「ご安心ください、私は少々、持ち合わせがあります。スフィッツオまでの旅費としては十分に足りるでしょう」
「すまん。この借りはきっと返す」
 そして二人は森の道をゲルミリオに向かって歩きだした。

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