第三章 邂逅−水竜と鳳凰

第二話 皇子と公子

 カイアンとミハイロフがなぜ、このファーン行きの船に乗っているのか。それを知るために時間を少し戻してみる必要がある。
「ソレビー様、このジェダの森からスフィッツオに行くにはラードルールを通らなくてはなりませんが…」
 ミハイロフはシャンナを引いて言った。
「それがどうかしたのか?」
「手形を持ってらっしゃいますか」
 手形というのは通行手形のことである。ラードルールの町というのはどこでも出入りするのに通行手形が必要なのである。
「そうか、そうだったな」
 帝国の皇子たるカイアンはもちろん、インペリアルナイツであるミハイロフもそれを発行されてはいた。しかし城から逃げるときにはそんなものを取っている余裕などはなく、当然、手元にはなかった。
「よし、ゲルミリオ行きはやめてインベオへ向かおう。そこでトゥイバーン殿に頼んで再発行してもらうんだ」
 インベオの大公、グアス・トゥイバーンはソロレシアから土地が近いせいもあってカイアンが小さい頃から知っている。最近では登陽へ行く前にも会っていた。まんざら知らない仲でもない彼に頼めばなんとかしてくれると考えてのことだった。幸い、ジェダの森はゲルミリオだけではなくインベオにも続いている。だからカイアンはインベオへ向かうことにしたのであった。
「それはよろしいのですが…」
「どうした、まだ何か問題があるのか」
「手形がなければトゥイバーン様に会うこともできないのでは…」
「ああ、そうか!しまった、どうしよう」
「…そうですね、取り敢えずここから一番近いインベオの関所まで行ってみましょう。後は着いてから考える、ということで」
「そうだな。行くだけ行ってみるか」
 こうして二人はジェダの森を抜けてジェダの町まで来た。二人は関所から少し離れた所に立ち止まり、様子をうかがった。関所には二人の男がいる。いずれもミハイロフよりも身長が高い。全身鎧を着て、手には長い槍を持っている。その様子を見てカイアンは呟いた。
「二対二か。しかし向こうの方が体格も装備もいい。難しいな」
 それを聞いてミハイロフは驚いた顔をした。
「関所破りをなさるおつもりですか」
「冗談だよ」
 ミハイロフは溜め息をついてから言った。
「では、どうしましょうか」
「仕方ないな、トゥイバーン殿に面会出来ないか頼んでみようか」
「それは難しいと思いますが…」
「でもここにいたってしょうがない。行ってみよう」
 カイアンはスタスタと関所の方へと歩いて行ってしまったので、ミハイロフもついて行くしかなかった。関所の前まで来たとき、片方の衛兵が二人の元に寄って来て言った。
「手形を」
「それが今はないんだ。だから再発行してもらいたいからトゥイバーン殿に会わせてもらえないだろうか」
「大公様に会わせて欲しいだと?お前、一体何者だ」
「ソレビー・カイアン。こっちはユーリ・ミハイロフ」
「カイアン?まさか…」
「そうだ、帝国のカイアンだ」
「それを証明する物は」
「ない。帝国がどうなったか、知っているだろう。そんなものは持ち合わせてないさ」
 それを聞くと衛兵はもう一人の方へと行って何やら相談し始めた。
「どうでしょうか」
 ミハイロフは心配そうに尋ねた。
「どうかな。やっぱり難しいかもな」
 しばらくしてから衛兵は戻ってきて二人に告げた。
「カイアン様といえどそれを証明する物がなくてはここをお通しする訳にはまいりません。名を騙って通ろうとする輩とも限りませんから」
「もっともな意見だ。しかし手形がないと困るんだ。なんとかトゥイバーン殿に会わせてもらえないか」
「無理です」
「そこをなんとか」
「どうしたのだ」
 カイアンと衛兵が話していると、後ろから声をかけてくる者があった。カイアンは振り返ってその人物を見た。大きな馬に乗り、派手な鎧に身を包んだ恰幅の良い男であった。その後ろには部下と思われる男達が十数人続いている。
「ガスコイン将軍?」
 カイアンは思わず声を張り上げた。それを聞いて相手はカイアンの方を見た。
「おお、これはソレビー様。あなたは御無事だったようですね」
「ああ。やはり知っていたのか」
「ええ。それで、一体いかがなされたのですか」
「いや、実は手形を再発行してもらおうと思って、トゥイバーン殿に会わせてもらうように頼んでいたんだ」
「わかりました。そういうことでしたら私が大公館までお連れいたしましょう」
「ありがとう、助かるよ」
 それを聞いていた衛兵が叫んだ。
「しかし将軍…」
「大丈夫だ、このことは私が責任を持つ」
 かくしてカイアンとミハイロフはガスコイン将軍に連れられてトゥイバーンに会いに行くことになったのである。
 トゥイバーンとソレビーの父、オレニアス・カイアンは同い年で、友好も深かった。そのため二人は互いに訪問しあうことが何度かあった。ガスコイン将軍は円卓の騎士の一人であり、トゥイバーンが帝国へ行く際には同行したこともあった。ゆえにソレビーとも面識があったのだ。
「しかし大変なことになりましたな」
 馬からカイアンたちと同じ馬車へ移ったガスコインは話をそう切り出した。
「ああ、まあな」
「父上は?」
「私の目の前で…」
 そう言ってカイアンは首を振った。
「そうですか。残念なことです」
「それよりもどうして将軍はこんなところに?」
「帝国の現状を見てくるようにとの大公閣下からの命です」
「なるほど」
「閣下は大層心配しておられました。真実を報告するのは、…辛いことです」
 カイアンは黙ったまま将軍を見つめていた。
「それでこれからどうなさるおつもりですか」
「スフィッツオに行き、リアランド・ストラーという人物に会おうと思う。父上が今際の際にそう申されたのでな」
「なるほど、だから手形が必要なのですね」
「そういうことだ」
 カイアンたちは数日かけてインベオの首都であるロドの街に到着した。二人はまず近くの宿屋に預けられ、その間にガスコインがトゥイバーンに報告することになった。到着したのは夕刻であったが、ガスコインがカイアンたちの元に来たのは翌日の昼頃であった。二人は今、着ている服が汚れ破れていたので代わりの上等な服を渡され、それに着替えて大公館へ行った。
 大公の間は国賓を迎えるように長いテーブルが置かれ、その左右に椅子が並べられていた。これは両国の関係が対等であるということを示すために、上座と下座を定めず向かい合って座る形式である。机の右側にはトゥイバーンとガスコインが、そして左側にはカイアンとミハイロフが座った。
「話はガスコインから聞きました。大変なことになりましたな。それで、通行手形の再発行して欲しい、とか」
 インベオの大公、グアス・トゥイバーンは色白で体の細い男であった。顔も細面でなんとなく陰険な目付きをしており、くせの強い髪をなでつけるようにセットしていた。そのような外見ではあるものの、尊敬に値する人物であることをカイアンは知っていたが、初対面のミハイロフはなんとはなしに良くない印象を抱いた。
「ええ、そうです。これからスフィッツオへ向かうつもりですのでラードルールを抜けるために是非必要なのです。お願い出来ますか」
 カイアンの言葉を聞いてから少し考えて、大公は答えた。
「残念ながらその希望に添うことはできかねます」
 その場に居合わせた大公以外の三人は驚いてトゥイバーンの方を見た。
「な、なぜですか」
 カイアンの慌て振りとは裏腹に大公は落ち着き払っていた。
「帝国が事実上存在しない今となっては、あなたがたに手形を渡す理由がないからですよ。失礼ながらカイアン殿、あなたの身分は現在では実質的には皇子でもなんでもない、ただの放浪者。ご存じのとおり手形はラードルールの国民以外は基本的には発行されません。各国で重要な立場に立つ者のみが、外交的な理由から得ることが出来るものです。以前のあなた方なら皇子と国王親衛隊。手形を受け取る権利はあったでしょう。しかし今ではもう…」
「帝国はまだ完全に滅びたわけじゃない。私がいる限り、きっと再建してみせる」
「ならば見事再建なさったときにまたいらしてください。その時にはきっと発行して差し上げることができましょう」
「くっ」
 カイアンは拳をテーブルの下で固めて下を向いてしまった。ガスコイン将軍もなぜ、という表情で大公を見つめている。しばらく沈黙が続き、カイアンがあきらめて帰ろうかと考えた時、トゥイバーンが口を開いた。
「しかし、有効期限付きでなら再発行して差し上げないこともありませんよ」
「ほ、本当か」
 カイアンは顔を上げてトゥイバーンの顔を見た。
「ええ。ただし、条件があります」
「それは?」
「王国へ行っていただきたい」
「王国というとファーンか?」
「ええ、そうです。ファーン王国のエアリアー・ファーン殿に親書を届けていただきたい。引き受けていただけるなら、王国へ行かれている間に手形を作成しておきましょう」
「本当か」
「もちろん」
「しかし、なぜだ。なぜ我々に頼む?」
「理由は聞かない、というのも条件の内です」
「…わかった。やるしかなさそうだな」
 大公は微かに笑って言った。
「話が早くて助かります。では親書を用意しておきますので、明日またお越しください。今日はここの客室に泊まられると良い」
「そうさせていただこう」

 大公館の客室に通されたカイアンとミハイロフは、衛兵が部屋から離れたのを確認すると先程の会見について話し始めた。
「どう思う?」
「食えない人物ですね」
「以前会ったときはああじゃなかったはずだが。もっとも昔の話だし、今とは状況が違うから何とも言えないがな。それにガスコイン将軍の話じゃ、帝国の様子をえらく心配していたというじゃないか。しかしそんな素振りは微塵も見えなかった。どういうことだろうか。ああ、それより済まなかった」
「何のことです?」
「一言の相談もなくファーン行きを決定したことだ」
「あの状況なら仕方なかったでしょう」
「取り敢えずあちらさんの言うことを聞かなくてはしょうがないようだからな」
「ええ」
「しかしなぜ我々に親書などを頼むのだ。この国には円卓の騎士がいるじゃないか。信用出来る彼らを差し置いて我々に頼むとは…」
「裏がありそうですね。カイアン様を足止めしたい。あるいは王国に行かせたい。あと考えられるのは、インベオの人間を行かせたくはない、といったところでしょうか」
「まあ、そんなところだろうな」
 そこまで話した時にカイアンは思い出したように言った。
「そうだ、そういえばトライスターはどうした」
 トライスターというのは三つの部隊に分けられるソロレシア帝国インペリアルナイツで、それぞれ隊長を任じられている三人の将軍のことである。その武力、知謀、統率力は、ファーンの三騎士やインベオの円卓の騎士、エルドラドの四天王にもひけを取らないという。戦場に彼らの赤いマントが翻ると敵軍は慌てふためいて逃げ出す、とまで言われた剛の者達である。
「トライスターは確か全員、使節として国を空けていたはずだが」
「ええ。それぞれスフィッツオとイトゥーリオ、それに会王朝へと行っていたはずです」
「そうか。彼らに帝国に対する忠誠心が残っていれば、再建に協力してくれるだろう」
「あの御三方なら、期待できるでしょう」
 ミハイロフは請け合った。
「問題はどうやって彼らを集めるか、だな」
「ええ、そうですね。スフィッツオへ行けばアーソード殿に会えましょうが。ま、取り敢えず今はトゥイバーン殿に頼まれた仕事をこなすことが優先でしょう」
「そうだな」
 こうして二人はファーン王国への船旅をすることになったのである。

「あいつは一体何をやっているんだ」
 ローレンスと別れたカイアンとミハイロフは、ほかにだれもいない船尾で夜風に当たりながら話をしていた。
「何のことですか」
「あのロックと名乗っていた男、恐らくイトゥーリオのローレンス・ロクアドルだ」
「そ、そうなんですか。私は面識がございませんので分かりませんでしたが」
「ああ。私も昔、一度会っただけだからあまり自信は持てないがな。だがあの物腰や態度、どことなく身分の高い者であることを伺わせる」
「それは私もなんとなく」
「第一、皇子と名乗った私に対して萎縮することもなくあんな風に話せる人間なんてそうはいない。…しかし、公子様ともあろう御方が身分を偽って王国に一体何の御用だか知らないが、面白いものが見られるかもしれないな」
「…随分と良い御趣味で有らせられる」
「そう言うなって。ただ王国へ行くんじゃ面白くないだろう。後学のためにも、色々と見ておいた方がいいかもしれない」
「じゃ、ま、そういうことにしておきますか」
「機会があったら、あいつが本当に公子かどうか確かめてみよう」
 この二人は長い間、と言っても帝国を脱出してからこの船に乗るまでの十日にも満たない日数であったが、それでもずっと一緒にいたので、ただの主君と家臣という枠にはおさまらないものになりつつあった。

 この世界の中央にある大陸。この大陸は東西南北にそれぞれ大国と呼ばれる国がある。大陸の南部に位置するエルドラド。この国は帝国や公国に百年程遅れて成立した。ラードルールのある大陸西部は幾つもの大きな河川によって育まれた肥沃な大地を持つことで知られている。ゆえにこの地域は歴史の初めから人々が住まい、発展してきた。東部と北部も幾つかの大河川があったため、一部地域を除いて大都市を築き上げた。だが南部だけは申し訳程度の川しかない、乾いた風が吹きすさぶ荒れた土地ばかりであった。この地域の人々は昔から部族ごとにわずかな緑地に集って暮らしていた。その緑地でさえも一年中吹く風によって削られ、だんだんと小さく、少なくなっていく。こうしてこの土地の人々は次の緑地を探しながら彷徨う流浪の民となった。このような土地であるからラードルール建国の祖、英雄アルバラルカスでさえも南部には進行しなかったと言われている。そんな土地にまともな国が出来るまで長い年月を要したのは、当然のことであった。
 この大陸南部の東の海岸はいわゆるリアス式海岸になっており、強い波が断崖を打つような場所であった。この辺りには住む人もなく、普段はただただ波と風の音がするだけで、時折沖より飛来する鳥の姿を見ることが出来るぐらいのものである。しかしこの日は違っていた。大きな金属製の船が波を受けて水面に浮かんでいたのである。その船とはもちろんNOAH。中には二人の女性、ミーナ・メガエラとサラ・バンドーリがいた。
「こちらルノー。上陸完了した。これより捜索に移る」
 ブリッジ中央のモニターに長髪の男が映った。
「了解。ラナンの方はどう」
 サラは手元のモニターに視線を移した。
「海上には何も見えない。ただ、東に島が見える」
「じゃあそこに流れ着いているかもね」
「ああ、調べてみるよ」
 次にサラは後ろを振り向いた。
「ミーナ、そっちは」
「海底に金属反応なし。もっとも、大破していたら分からないけどね」
 ミーナは髪を掻き上げながら答えた。
「じゃあ、後はあの二人に任せましょうか」
「そうね」
 サラは給湯室の方へ向かって行った。
「あたしは紅茶ね」
「わかったわ」
 そして二人はカップを手にしたまま中央のモニターを眺めていた。
「それにしても、意外ね」
 サラは目線を動かさずに言った。
「何が?」
 それに対してミーナはサラの方に向き直った。それでもサラはモニターを見つめていたが。
「ラナンのことよ。もっと軽くていい加減な奴だと思っていたわ」
「まあ、ね。一応はリーダーなんだし」
「そういえばあなた達って付き合い長かったのよね」
「そうね。ハイスクールまでは一緒だったし。まさか二人とも軍に入るとは思わなかったけど。特にラナンは」
「いつから今みたいな関係になったの」
「今みたいなって」
「恋人同士ってこと」
 そういわれてミーナは飲んでいた紅茶を一瞬、吐き出しそうになった。その時に初めてサラはミーナの方を向いた。
「だっ、誰が…」
「あら、違うの?」
「違うわよ。どうしてあたしがあんな女ったらしと」
「女ったらし?」
「そうよ。あいつは昔っからいろんな女性に声を掛けていたわ。人の気も知らないで」
 そのミーナの言葉を聞いてサラはただ一言、
「ふうん」
 と言って微かに笑っただけであった。と、その時、船の外で何か物音がした。正確には、各所に設置されたカメラが拾った音声を聞いたのであったが、ともかくサラとミーナはそれを聞いてはっとして振り返った。
「何かしら」
 ミーナは不安そうに言った。
「ラナンかルノーが帰ってきたのかしら」
 サラがそう言った瞬間、モニターにルノーの顔が映った。
「駄目だ、何も見つからない。一度そっちに戻るぞ」
 サラとミーナはビクッとしてモニターの方を向いた。
「どうした、何かあったのか」
 怪訝な顔付きでルノーは二人を見た。
「いいえ、なんでもないわ。これから戻るのね。分かった、ご苦労様」
「ああ。じゃ、これから帰るから。そういえばさっき通信があって、ラナンの方はまだしばらくかかりそうだって」
 ルノーは不思議そうな表情のまま通信を切った。ミーナは脅えた表情でサラの背中を見ていた。その背中が振り返り、ミーナに告げた。
「ルノーでもラナンでもないようね。調べてみましょう。外の様子をモニターに映してみて」
 ミーナはパネルを操作して言われたとおりにした。モニターに映った映像には人間の姿があった。しかし遠景であったため、はっきりとは見えなかった。
「おかしいわね。この辺りに住民はいないはずなのに」
「ねえ、ちょっと見て来てくれない?」
「あなた軍人でしょう?会社員にそんなことを頼む軍人なんて聞いたことないわ」
「…ダメ?」
「仕方ないわね」
 溜息を一つつくと、サラは銃を抜いて弾の確認をした。
「何かあったら合図するから、船を浮かしてあいつを振り落として。それぐらいはしてくれるわよね?」
「分かったわ。気をつけて」
 サラが出て行くと、ミーナはモニターを凝視した。その人影は背中に何かを背負っているようであったが、それを静かに降ろすと自分も座り込んだ。その時、モニターの端にサラの姿が映った。
(気をつけてね)
 ミーナは両手を組み、祈るような気持ちでモニターを見つめていた。一方、サラは…。
(なんて図々しい。人の船に無断で乗った挙げ句に座って休むなんて)
 物影に隠れて翻訳機をボードの言語に設定して銃を構え、サラはその様子を見ていた。相手がそのまま動かないので、気を抜いていると見たサラは飛び出して銃を向けて叫んだ。
「動かないで」
 その男は突然の叫び声にも驚かず、ゆっくりと振り向いて言った。
「よっ、ただいま」
「ペ、ペギラ?」
 その人物はチームのメンバー、ペギラであった。そして彼が横に置いたのは、メンバー最後の一人、マリエであった。どうやら気を失っているらしい。
「あなた、どうして…」
 突然の帰還に、サラは驚いてまともには喋れなかった。ペギラは笑顔のまま黙ってサラを見つめている。サラはしばし呆然としたまま立ち尽くしていたが、やがて平静を取り戻しそして思い出したように言った。
「あ、そうだ。ミーナに大丈夫だって教えないと」
 サラはモニターの方に向かって手を振った。しかしそれを見たミーナは、
「あ、合図だわ」
 と、NOAHのコントロールパネルを操作し始めた。途端に船は上昇し、左右に激しく動き出した。あまりに突然の出来事だったので、ペギラとマリエはもちろんサラまで海に落ちてしまった。
「せっかく帰ってきたのにこの仕打ちかい」
 ペギラはマリエを抱えて、冗談めかして言った。
「またあの娘の早とちりよ」
 サラは呆れ顔で言った。
「お前ら、何を遊んでるんだ」
 そこへ丁度帰ってきたルノーはホバーバギーをサラ達の近くに寄せて言った。
「お帰り」
 サラはもう何も言いたくない、という顔をしていた。
「ペギラとマリエも無事だったようだな」
 三人をバギーに乗せてやりながらルノーは言った。平静を装って喋ったつもりであったが、声が弾むのをルノーは抑えきれなかった。
「無事はいいけど、モーターフィギュアをなくしちまった」
「魔神か?」
「ああ」
「その話はラナンが帰ってきてからゆっくり聞かせてもらおう。とりあえずNOAHに戻ろう」
 NOAHに戻ってからマリエは医務室に運ばれた。ルノーは自動医療システムをセットしてラナンが戻って来るまでマリエの様子を見ていることにした。サラとペギラは順々にシャワーを浴びて、海水で冷えた体を暖めた。その間ミーナはシュンとした顔をして黙ってままであった。ペギラがシャワーから出てきたとき、ラナンは帰ってきた。
「ペギラ、お前、よく無事で…」
 親友の帰還にラナンは思わず涙を流した。
「お前、どうしていたんだ」
「それはこれから話すよ」
 マリエを除いた五人はブリーフィングルームで互いにこれまであったことを話した。ペギラの話によれば、ペギラとマリエがエルドラドに着いてから内陸の調査を終え、東岸に移った時に攻撃を受け撃墜されたらしい。幸い脱出装置で命は助かったものの、岸からは離れたところに落ちてしまいその上マリエを抱えていたので陸地にたどり着くのもほぼ不可能で、そのまま力尽きて溺れ死ぬものだと覚悟を決めていた。そんな時にNOAHが現れたので、気絶しているマリエを抱えて泳いで来たということだった。
「生きてたはいいけど、マシンは大破して海の藻屑と化してしまった。おまけにマリエも意識不明。どうするかね」
 ペギラは説明を終えて、コーヒーを口にした。
「そうだな、取り敢えずはみんな自室で待機していてくれ。マリエの意識が戻る、戻らないにかかわらず今から六時間後に集めるから、それまでゆっくり休んでいてくれ。あと、ルノー、マリエの世話を頼まれてくれるか」
「もちろんだ」
 そしてルノーは医務室へ、他の者は自分の部屋へと向かって行った。部屋に戻ったラナンは自室のコンピューター端末を使って、通信を始めた。その相手は海老名隆一朗である。ちょうど相手もコンピューターをいじっていたらしく、すぐにつながった。
『やあ、どうしたんだい』
『面白いものを見つけたんだ。お前に教えてやろうと思ってな』
 二人は先程のペギラ捜索での諍いなどまるでなかったかのようであった。
『一体何かな?』
『お前が十二神将のほかに探していたやつ、大魔法陣だ』
『本当かい。どこで見つけたんだい』
『エルドラドの東に小島があるのは知ってるか』
『ああ。第二大陸の西に点在しているやつだろう』
『そこの小島の一つに大空洞あるんだ。その地下の一番奥にあった。そうだ、写真を撮って来たんだった。今、映像を送ってやる。確認してみてくれ』
 ラナンは小さな機械を端末につないで、なにやら操作を始めた。
『どうだ』
『間違いない、これだ。助かった、ありがとう』
『どういたしまして。それより十二神将はどのくらい見つかったんだ』
『そっちの方は南雲君達に任せっきりだからなぁ。知ってる限りでは確か、七人ぐらいだったと思う』
『そうか、がんばれよ。こればっかりは俺も協力は出来ないからな』
『うん。それよりペギラはどうした』
『見つかった。というより、自分で戻ってきた』
『やっぱり』
『お前、何か知っているのか。もしかして俺たちに協力しなかったのも何か訳があるんじゃないのか』
『ああ、まあね。でも今は話せない。今度、教えるよ』
『分かった。それじゃ、そろそろ切るぞ。俺も眠いし』
『わざわざすまなかったね。それじゃ』
 通信を切ったラナンは端末を離れ、ベッドに横たわって深い眠りについた。

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