第三章 邂逅−水竜と鳳凰

第四話 異国の公子

 ローレンスは部屋に差し込んで来た朝日の眩しさで目を覚ました。ベッドのすぐ横にある窓から外の様子を見ると、すでに船はファーンに到着しているようで港町の風景が広がっていた。新しい国、新しい町。ここで新しい生活が待っている。逸る心を抑えながらも急いで着替え、顔を洗って部屋から出て廊下を駆け出した。そして角を曲がった時に、誰かとぶつかってその場に倒れ込んでしまった。
「馬鹿野郎、気をつけろ」
「ご、ごめんなさい」
 ローレンスは謝りながら頭を押さえて起き上がった。ぶつかった相手はソレビー・カイアンであった。隣にはやはりミハイロフもいる。
「何をはしゃいでるんだ」
 カイアンの方はローレンスのように無様に倒れることはなく、彼の前に仁王立ちに立っていた。そして呆れたような表情をしながら手を差し伸べた。ローレンスはその手に掴まりながら弁解した。
「船が港に着いたもんだから、つい」
「この国は初めてか」
「うん」
「なるほどな。だが子供じゃないんだから、あまりみっともない真似はするなよな」
「ごめん、気を付けるよ」
 ローレンスはそれだけ言うと今度は急ぎ足で甲板へと歩を進めた。
「うわあ」
 甲板には何人かの乗客と船員がいた。潮風はローレンスの長めの髪を揺らし、海面は朝日を受けてきらめいている。港の市場には朝早いというのに、もうすでに人だかりがあちこちにできている。
「お早う、昨夜は良く眠れたかい」
 ローレンスの姿を見止めた船員の一人が笑顔を伴って話しかけてきた。
「はい」
「この船はここに二日間停泊する。その間は部屋を使えるが、早く宿を見つけておいた方がいいぞ」
「もう降りられるんですか?」
「ああ、もちろんだ」
 ローレンスは部屋へ戻って荷物を手にして船を降りた。異国の空気はローレンスの心をなんとなく弾んだ気分にさせた。
「さあ、今朝取って来たばかりの新鮮な魚だよ」
「ミルクはどうだい。昨夜届いたおいしいミルクは」
「お待ちどうさま、パンが今焼き上がりましたよ。さあさあ、早く買わないと売り切れてしまうよ」
 船を降りるとそこはもう、市場であった。店が軒を連ね、大勢の人々が何かを買ったり、品物を手にとって眺めたり、また冷やかしたりしている。ローレンスはそれらを眺めながら歩いた。
(すごい活気だな。こんなの、初めてだ)
 公子たるローレンスは当然、自分で買い物に行ったことなどほとんどない。ゆえにこのような場所は彼にとって非常に珍しいものであり、飽きる事なくいつまでも見ていたい気分であった。しかし彼は市場をゆっくりと通り過ぎると、宿屋を探し始めた。
(あまり高くなさそうなところで、人が多いところがいいな)
 ローレンスが立ち止まってキョロキョロとしていると、声をかけられた。
「どうした、お兄さん」
「宿を探しているんだ」
「ふうん。見たところ、あまり金は持ってなさそうだな。よし、俺がいいところを教えてやろう」
 その男は三十過ぎで、人の良さそうな顔をしていた。ジェイムズという名で、この近くで小さな仕立て屋をやっているらしい。信用してもよさそうだ、と思ったローレンスは彼に従うことにした。後をついてしばらく進んでいくと、あまりひとけがない所に出た。そこには幾つかの小さな住宅が並んでいたが、その端に『南港亭』と書かれた札を下げた建物が目に入った。
「ここだ」
 それを見てローレンスは驚いた。屋根は穴があいているし、壁も薄汚れている。辺りにはゴミが散乱していて、とても人が住んでいるとは思えない状況だ。
「こ、ここ?」
「ああ、見た目はちょっとばかし悪いけど、主人はいい奴だし何より料理がうまい。それに安いからな。お前さんのようなのにはぴったりだ」
 ローレンスはこの時も、とても高級とは言い難い服を着ていたので、あまり金がないと判断されたのであろう。実際、彼がラードルールを出るときに持って来たお金はそれほど多くはなく、船旅のせいでそれも残り少なくなっていた。だから結局彼は、最初はためらわれたこの宿に泊まることにした。
「そうと決まれば話は早い。早速入ろうぜ」
 ジェイムズは軋むドアを力を込めて押し開けた。中は薄暗く、受付にジェイムズと同じくらいの年齢の男が無気力な顔をして座っているだけであった。
「よお、ジェイムズ」
「ジャック、景気はどうだ」
「見りゃあ分かるだろう」
 挨拶を交わした後、二人は世間話を始めた。まるでそこには二人のほかに誰もいないかのように。しばらくしてからローレンスに気付いたジャックはジェイムズに尋ねた。
「誰だ、そいつぁ」
「客だよ、客」
「はぁん」
 ジャックはまじまじとローレンスを見つめた。それに対してローレンスはどのようなリアクションをすればいいのか分からず、軽く会釈をした。それを見てジャックはやる気なさそうに言った。
「部屋の用意をしておくから、そこのバーで酒でも飲んで待ってな」
 ジャックが指さした方にはドアがあった。どうやらラードルールにある一般的な宿と同様に、二階建てのこの建物の一階は酒場になっているらしい。ローレンスは言われた通りそのドアをあけて中に入った。
「じゃあ、早く用意してやれよ」
 ジェイムズもそう言ってローレンスの後から入って行った。
「あいつ、女房に逃げられてから冴えなくってな」
 ローレンスとジェイムズはカウンターに座った。客の全くいない酒場でバーテンダーはぼんやりとしていたが、二人が座ると、注文を取った。ローレンスはアーリー茶を、ジェイムズは白天水の果汁割りを頼んだ。客がいなければ退屈そうにしていたのに、いざ客が来ると今度は面倒臭そうに注文の品を用意し始めた。
「あの、仕立て屋をやってるんでしたよね」
「ああ、小さいけどな」
「僕を雇ってもらえませんか。仕事を探しているんです」
「何だ、船で来たからてっきり俺はてっきりインベオのやつかと思ったが、この国の人間だったのか」
「いえ、違います。けれどしばらくこの国に滞在しなくてはならないんです。だから仕事が欲しいんです」
「ううん、でも俺の店じゃ無理だ。言っただろう、小さいって。家族を養うので精一杯だ。人を雇う余裕なんてありゃしない」
「そうですか…」
 ローレンスは差し出されたアーリー茶を一口飲むと、溜め息をついた。
「仕事が欲しいなら、広場に行ってみな」
「広場?」
「ああ、市場から北に行った所にあるんだ。そこに求人塔ってのがあってな、いろんな人が働き手募集の広告を貼ってるんだよ」
「へえ」
「毎日どんどん新しいのが貼られてるけど、いいやつはすぐになくなるからこまめに見ておいた方がいいぞ」
「ありがとう。早速、今から行ってみます」
 ローレンスはそう言うと立ち上がって宿を出た。
「気の早い奴だ」
 一人残されたジェイムズは、そう呟くと一人で酒を飲み続けた。

「これか」
 広場に着いたローレンスはその真ん中に大きな円柱のようなものがあるのを発見した。遠くからでもたくさんの紙が貼られているのが見える。これこそが求人塔であろう。この広場はわりと広く、幾つか置いてあるベンチには家族連れや独りぼっちの老人が座って気持ち良さそうに昼の光を浴びている。求人塔の周りには何人かの男女がいて、それぞれ貼紙を見つめている。ローレンスは近寄ってその一員となった。貼紙は求人塔一杯に所狭しと貼られていた。まだ真新しいもの、すでに幾日か経過しているらしくやぶれかかっているもの、まだ募集しているのか判断しかねるほど日に焼けたもの。仕事の種類も様々である。
『販売員募集:パン屋エリシス』
『鉄が打てる人、高額で働きませんか:鍛冶屋ドーシス』
『船員の経験がある人、マーフィーまで』
 ローレンスは無造作に貼られたそれらの中の一つに目をとめた。
『家庭教師募集。高額保証。能力テストあり。詳細は以下の場所で』
(家庭教師か。やったことないけど、これからのことも考えるとなるべく給料は多い方がいいからな。試してみるか)
 ローレンスはポケットから紙とペンを取り出して、張り紙に書いてある地図を書き写した。地図には先程の宿も記載されていた。
(なんだ、ここってあの宿の近くじゃないか)
 用事が済んだので、ローレンスは宿へと戻った。立て付けの悪いドアを力を込めて開けると、ジャックが受付にいた。
「部屋の準備は出来てるぞ」
 そう言ってジャックはローレンスに鍵を渡した。
「ありがとう」
 しかしローレンスはそのまま部屋へは行かず、まず酒場へと向かった。ジェイムズはまだ飲んでいた。ほろ酔いでいい気分になっている。
(昼間っからこんなに飲んで、仕事はいいのかな?僕を案内してくれた時もブラブラしていたみたいだし)
ジェイムズはローレンスを見ると声を掛けた。
「お帰り。何か見つかったか」
「うん、これ」
「どれどれ」
 ジェイムズはローレンスからメモを受け取って見た。
「家庭教師?出来るのか?」
「多分、ね」
 ローレンスはまだコップに残っていたアーリー茶を一気に流し込んだ。
「いろいろとありがとう。僕は部屋に行きますので」
「おう、いいってことよ。気にすんな。何か服がいるようになったら言ってくれよ。すぐに作ってやるから」
「うん。あ、いくらですか」
 ローレンスはバーテンダーに尋ねた。
「宿泊客は無料です」
「あ、そうなの」
 ローレンスは一礼すると、酒場を出て二階へと行った。

 ラナンの目が覚めたのは、彼がベッドに入ってからきっかり七時間後であった。彼はベッドの中で時計を手に取って見て、ひどく狼狽した。
「しまった、寝過ごした」
 普段ならば決してこんなことはしない。時間に関して厳密なことこそが彼が最も誇る部分だったのだ。そんな彼が寝過ごしてしまうのだから、これはよほど疲れていたという証しであろう。ラナンはベッドから跳び起きてから、まずドアのところにあるナンバーキーのディスプレイを見た。
(やっぱり誰か来たんだ。二回コールされている)
 彼は急いで顔を洗い、ブリーフィングルームへ向かった。
(みんなもう集まってるだろうか)
 その途中に通りかかった食堂の前の廊下で何やらいい匂いがしていた。ラナンは気になって食堂に入って行った。するとそこにはミーナらが椅子に座って楽しそうに談笑していた。皆はラナンに気が付いたらしく、彼の方を向いた。
「あ、起きて来た、起きて来た」
「お早う、良く眠れたようね」
「ああ、まあね」
 決まり悪そうにラナンは答えた。
「で、何やってるの?」
「あなたが寝てるから、皆で食事をしようと思ってね」
 ラナンは自分の腹の虫も騒ぎだしたことに気が付いた。
「じゃあ、その後に会議といこうか。俺も腹が減ったし」
「あなたもいるのならルノーに言ってきなさいよ」
 この船では食事はたいていルノーが作っていた。この時もルノーは一人でキッチンにいて料理をしていた。
「ルノー、俺の分も頼む」
「おお、ラナン。起きて来たのか」
「マリエはどうした」
「まだだ。しかし脈拍計、脳波計、心電図とも異常は示していなかった。まあ、大事に至ることはないだろう」
「そうか」
 ルノーは幾分落ち着いた様子であった。気が付くと彼はポリバケツの中に手を突っ込んで何やらゴソゴソとやっていた。
「なんだ、それ」
「糠漬け」
 興味を持ったラナンは近くによって見てみようとした。その途端、異臭が鼻をついた。
「う、臭い」
 顔をしかめて慌ててそこから離れた。
「なんだよ、それ」
「だから糠漬けだって」
「食べ物なのか?」
「ああ、うまいぞ」
「…俺のには入れないでくれ」
 ラナンはこんな所にはいられないとばかりにキッチンを出て、皆がいるテーブルに座った。するとサラが話しかけてきた。
「あ、そうそう、ラナン。皆には話したけど、私、アルケンに戻らなきゃならなくなったから」
「いきなりだな、何かあったのか?」
「さあ。本社の方から急に戻って来いって」
 サラはラナン達とは違い、軍人ではない。アルケン・エレクトロニクスという企業に勤める会社員である。アルケン社は政府の軍事機械の生産を請け負っている会社で、整備とデータ採取のためにラナン達のチームに派遣されているのである。政府としても、メカニックマンの数が足りないので、軍事機密が漏洩する、などと細かいことは言わない。
「整備はどうするんだ?」
「その点はご心配なく。私と入れ替えで誰かこっちに来るらしいから」
「そうか。ま、会社からの命令じゃ、仕方ないか」
「そうね、これも会社員の宿命よ。二体のモーターフィギュアを失ったのを報告するのは、ちょっとアレだけどね」
「ああ、そうだな。悪かったよ。俺も上に何か言われるんだろうな。それでどうやって帰るんだ。この船でいくのか」
「違うわ。後任の人が乗って来る船で戻って来いって」
「で、いつ?」
「さあ。少なくとも、今、食事をする時間くらいはありそうよ」
 ちょうどそこへルノーが出来立ての料理を持ってやって来た。
「待ってました」
 今までそこにいたにもかかわらず一言も話をしなかったペギラが手を叩いて叫んだ。彼の話によれば、NOAHを出てから魔神に撃墜され、その後に救助されるまで何も口にしていないということだった。本当はNOAHに戻ってきた時に何か食べたかったのだが、生憎ルノーはマリエに付き添っていたし、ペギラは料理など出来ないので待っているしかなかった。そしてやっと訪れた至福の時を噛み締めるかのようにペギラはゆっくりと一口一口、味を確かめながら、その活力の素を胃袋へと運ぶ作業に熱中していた。ルノーが作った食事のメニューは、ライス、ミソスープ、焼き魚、野菜の煮物、それに漬物であった。ただしラナンの皿にだけは漬物はなかった。
「今日は変わったメニューだな」
 ラナンは自分のお盆の上に並べられたものを眺めて言った。
「ああ、ここの海で新鮮な魚が手に入ったからな。イズモ風に料理してみた」
「ルノーってイズモの料理まで出来るの?今度教えてよ」
 ミーナはしきりに感心していた。
「ちょっと待って、ルノー」
「何だ、サラ」
「あなた、今この魚はここの海で取れたって…」
「ああ。二時間ほど前に取ったばかりだ」
「条約違反じゃない」
「なんだ、条約って」
 ルノーのみならずその場に居合わせた面々は皆、箸を休めてサラの方を見た。ペギラはすでに食べ終わっていたが。
「ほかの三次元の動物を殺すのは世連保護基準条約第十八条に違反するのよ」
「そうなのか?」
 ルノーはラナンの方を向いて尋ねた。
「ああ、そういえばそんなのがあったような…」
「それに体組成分だって分からないのよ。この世界の人間ならともかく、私たちにとって無害かどうか分からないわ」
「げっ」
 ペギラは青い顔をした。
「それは大丈夫だ。一応の分析はしてある」
「そう。なら大丈夫かしら。条約の方は黙っておいてあげるけど、二度とこんなことがないようにね。この世界じゃ、あまりないだろうけど絶滅保護種だったりしたら大問題だからね」
「分かった、気を付けるよ。で、この料理はどうするんだ」
「証拠隠滅。食べちゃいましょう」
 そして彼らは貴重な食材によって作られた食事を採った。

 ラードルールのこの季節にしては珍しい雨はもうほとんど止んでいた。水瀬はシャーロックの部屋にいた。ここは路地裏にある小さく目立たない宿屋で、隠れ家としてはぴったりであった。シャーロックは二人分のアーリー茶を用意した。
「大丈夫かい、水瀬君」
「ああ、久しぶりに走ったから疲れたようだ」
 水瀬は顔面蒼白のぐったりした様子で壁にもたれ掛かっていた。シャーロックの出したアーリー茶を一息に飲み干すと、大きく息を吐き出した。
「それで、どういう訳なんだ」
「え?ああ、追っ手のことだね。奴らはスフィツオからボクを追って来たんだ」
「なぜだ?」
「スフィッツオのことは知っているかい」
「いや、あまり詳しくは」
「スフィッツオというのはもともとはラードルールの都市の一つだった。でも今では自治都市になっている。その町長はリアランド・ストラー、ボクの父親だ。父さんはうまく立ち回ってスフィッツオを自治都市にしたんだ。ある目的があってね」
「それは?」
「自由経済の実験さ」
「自由経済?」
「さっき話しただろう。今はどこの国でも領主の許可を得た人が税を支払って独占的に商品を扱える。それを変えようとしているんだ。ボクも父さんの考え方は素晴らしいものだと思って、出来る限りの協力しているんだ」
「それで、さっきの奴らとどういう関係があるんだ」
「今までその独占的な商いをしてきた者たちにとっては、安定した収入の確保を妨害されるのは嫌なんだよ。だからボクを誘拐するなりなんなりして、父さんにやめさせようってつもりなんだろうね」
「イマイチよく分からないな。自由経済がどうして駄目なんだ。自由経済ってのは確か自分で商品の値段を決められるんだろう。商人にとっても好都合じゃないのか」
 シャーロックはここでお茶を一口すすった。
「そうとばかりは言えないんだよ。ちょっと説明しようか。現在、大部分の国では領主の許可を得た者のみが商売を行う。それはいいね」
「ああ」
「この許可を受けた商人が、領主の定めた値段で商いを行う。この値段は店による違いはなく、同じ領主の下では同じ商品は同じ値段になる」
「そうなるな」
「ということは、その商品の値段がいくら高かろうとそこで買うしかない」
「当然だな」
「値段は領主が決めることになってはいるけれど、大抵はその商人が申し入れたの値段を許可するだけなんだ」
「そうなのか」
「うん。だから同じ商品を扱う商人たちは結託して、なるべく高い値段をつけて利益をあげようとするんだ。利益が大きければ税も多くなるから、領主は何も言わない」
「それじゃあ客が損をするだけじゃないか」
「そうなんだ。でも大体の人はこの仕組みを知らないから何も言わない。多少値段が高くてもそういうものだと思ってしまうんだ」
「ひどい話だな」
 水瀬は大げさに両手を広げた。シャーロックもそれに応えるかのように、水瀬を指差して言った。
「そう思うでしょ。だから父さんはそれを変えようとしているんだ」
「具体的には、どうするんだ」
「まず、許可なしで誰でも商売ができるようにする。それから値段は商人が自由に決められる。そして納める税は利益に関わらず一定にする」
「そうするとどうなるんだ」
 ここでシャーロックはまた、お茶を飲んだ。
「誰でも商売が出来るから、店が増える。そして値段はそれぞれが自由に決められるから、客は一番安い店で買うようになる」
「そりゃあそうだ」
「でも税は同じだから、あまり安くできない。それで皆にとって一番いい値段に落ち着くようになるんだ」
「ふうむ、面白い考えだ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。でもね、この考えに必ずしも皆が賛同してくれるわけじゃないんだ」
「例えばさっきの連中か」
「そう。自治都市になる前から商人をやっていた人たちにとって、こんなのは面白くないだろう。だからああいう連中を雇ってやめさせようとしているんだ。さすがにスフィッツォじゃあ誘拐なんて出来ないから、こういう時を待っていたんだろうね」
「なるほど。しかし大丈夫なのか、護衛もつけないで」
「あんな奴らに捕まるほど間抜けじゃないよ」
 シャーロックは笑って言った。普段はあまり感情を表さない水瀬も、この時はつられて笑ってしまった。
「それじゃ、俺はそろそろ戻る」
「うん、いろいろと悪かったね。で、いつまでこっちにいるんだい」
「もう発表は終わったから、明日には帰るつもりだ」
「そっか、残念だな。ま、仕方がない。機会があったらまた会おう」
「ああ。それじゃ。気をつけろよ」
「ありがとう。それじゃ」
 そして水瀬は自分の宿へと帰って行った。

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