第三章 邂逅−水竜と鳳凰

第五話 翔の運命

翔と光明は西漣神殿へ向かって歩いていた。翔たちが泊まっている宿から神殿までは林を一つ抜けなくてはならない。道路は一応の整備はされているがもちろんアスファルトで舗装されているはずでもないので、翔にとっては歩きづらいものであった。それほど暑い季節ではないにもかかわらず、その長い道程を汗だくになりながら翔と光明は神殿へ向かっていた。しかし彼らの表情には苦痛の色はなかった。平塚にいたころは空調の効いた部屋の中にいることが多かったので、自然を眺めながらゆっくりと歩くという経験は翔にとっては新鮮な出来事であったし、将軍の息子であるから自由に外を出歩くことは出来ない光明にとってもやはり貴重な体験であった。だから長距離を歩くことによる疲労よりも木々の香りや野鳥の囀り、風の流れを感じることに対する喜びの方が大きかった。この道を通る人はまばらであったが、馬車は多く通っていた。宿場町から神殿へ歩いて行こうという人などはめったにいない。多少金はかかっても馬車を使うのが普通である。だからこの道を歩く人というのは、大体はこの林に用がある人、例えば木こりや猟師達である。その証拠に翔たちがすれ違う人達は皆、斧や縄などおよそ神殿とは無縁のものを携えている。そのような人は大抵、翔たちの姿を見ると奇異の目を向けるのであった。
「もうそろそろ林の出口だ。そしたら店が並んでいるから、どこかで飯を済ませよう。それから神殿に行けばちょうど人が少ない時間帯だ」
「俺は良く分からないから、そこらへんのことは光明に任せるよ。ところでさ、草履で歩きづらくはないのか。俺はシューズでも歩くのが大変なのに」
「別にそんなことはないよ。しかし翔が履いているそれ、随分と変わった靴だな。足をそんなに覆っていて暑くないのか。やっぱりそれは翔の世界の?」
「ああ。この靴が駄目になったら光明みたいな草履か下駄でも履かなきゃならないんだろうな。そう思うとちょっと心配だ」
「すぐに慣れるさ。おっと、町が見えてきた」
 光明は木々の切れ目を指さした。あまり目が良くない翔にはぼんやりとしか見えなかったが、それでも人々のざわめきがかすかに聞こえてきた。町が近いということもあって翔と光明は自然と急ぎ足になっていた。林を抜けるとそこは神殿への参拝者を目当てにした店が軒を連ねていた。食事処、茶店、土産物屋など。もちろん宿屋もあった。なぜ彼らがこの辺りの宿に泊まらなかったのかというと、彼ら一団の目的は朝廷にあったので宮廷の近くの宿をとったからである。それにこの辺りの宿は観光客を目的としているため、とても将軍様御一行が泊まるに耐えられるような代物ではなかった。だからちょっと金がある人なども、わざわざ宮廷近くの高級宿をとって馬車で神殿へ来ることもあった。
「何を食べようか」
「好き嫌いはないから、光明が好きに選んでいいよ」
「じゃあ、あそこでいいか」
 光明が指さしたのは店の看板には『お茶漬け』とあった。
「お、お茶漬け?」
「嫌いか?」
「いや、そんなことはないけど…」
「じゃ、決まりだ」
 光明はさっさと店に入って行った。そしてカウンターに座ると、品書きも見ずに注文した。
「山葵茶漬け、二つ」
「あいよ」
 愛想のいい主人は歯切れのよい返事をすると、大きめの茶碗を二つ取り出してご飯をよそい始めた。
「早く座りなよ」
 翔は促されるまま光明の隣に座った。店内は掃除が行き届いていて清潔に保たれている。まだ昼には少し早い時間なので、それほど客はいない。わずかな客たちはテーブルに座っていて、カウンターにいるのは翔達だけである。
「はいよっ、お待ち」
 注文して間もないのに、もう翔たちの前にはお茶漬けが用意されていた。
「いただきます」
 光明は喜々として割り箸を割って食べ始めた。
「いただきます」
 翔もあまり気が進まない様子で食べ始めた。しかし一箸口にした途端、その顔には驚きの表情が浮かんだ。
「う、うまい」
 光明は誇らしげな表情をして笑って言った。
「だろう」
「ああ、こんなうまいお茶漬けは初めてだ」
「それはそうかもな。この地域のお茶漬けはほかの地域のそれとは決定的に違うところがあるからな」
「何が違うんだ?」
「まず、米。このあたりで取れる米は登陽でも一、二を争うほどのうまさなんだ」
「登陽一と言ってくれ」
 店の主人が口を挟んだ。光明は愛想良く笑った。
「まあ、そういうことにしておこう。そしてお茶。ここらで作られるお茶漬けはバルダーナから取り寄せた種類のお茶を使っているんだ」
「バルダーナ?」
「うまいお茶で有名な国さ。バルダーナのお茶がここの米とよく合うんだ。これを使おうなんて考えた人は天才だよ」
 そこでまたも主人が口を挟んだ。
「そりゃ、ちょっと違う。ここらへんの登陽種の茶は値が張るだろう。だからお茶漬けなんかには使えない。で、その代用品としてバルダーナ種の茶を使ったのが始まりなんだ。しかしこれがケガの功名というか、陽京の米とはよく合うんだ。それにこの辺りは登陽種の茶がうまい。ってことは茶の栽培に適した土地ってことだ。そこで作りゃあ、バルダーナ種だって一級品になるってものさ。いくらバルダーナ種ったって、どんなものでもいいって訳じゃない。茶自体がいいから、ここまで味に深みがでるんだ」
「へえ、そうだったか。知らなかったな。ま、そういうわけで、俺は陽京のお茶漬けがお気に入りでね。あまり機会はないけど、陽京に来たら必ず一回は食べるようにしているんだ。特に山葵茶漬けを選んだのは、この辺りは山葵の特産地でもあるからだ。具にはやっぱり遠くでとれて長い時間かけて運ばれて来た魚とかよりもこっちの方がいい。お茶と米の味もよく引き立つしな」
 翔はお茶漬けを食べながら光明の講釈を感心して聞いていた。
「なるほどね。正直、お茶漬けと聞いたときは驚いたけど、俺も気に入ったよ」
「良かった。無理に付き合わせて気に入らなかったらどうしようかと思ってたんだ」
 そして二人はお茶漬けを心行くまで楽しんだ.。

「ああ、うまかった。やっぱりこれを食わないとな」
 店を出た光明はまだ喜びに満ちた表情をしていた。翔は笑いながらそれを見ていたが、ふと、思いついたように言った。
「なあ、神殿に行く前にちょっと行ってみたい所があるんだが」
「構わないが、どこだ?」
「服屋。着替えなんてないからさ、こっちにまだいるのなら今のうちに買っておきたいんだ」
「わかった、行こうか。でもこの辺にあるかな」
 二人は町中をキョロキョロしながらうろつき始めた。しばらく歩き回った後、光明が翔を呼んだ。
「あ、あそこにあったぞ」
「じゃ、行ってみよう」
 二人は店の中へと入った。その店はあまり広くはなかったが、中には多くの商品が所狭しと並べられていた。並べられていた、といっても翔が想像していたようにハンガーに掛けられた商品が並べられていたわけではない。一着一着、木箱に入れられて積み重ねられていたのだ。木箱は少しずつずらしてあったため、中を見ることはできたが、ざっと見田限りそれは翔が求めていたようなものではなかった。
(なんだ、和服しか扱ってないのか?もっとも、みんな和服着てるしなぁ。当たり前かもな)
それでも中には望むようなものがあるかもしれない。そう考えて翔はその一つ一つを見始めた。光明はと言えば翔からちょっと離れた所で商品を眺めている。二人がしばらくそうしていると、店員らしき男が寄って来た。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しで」
「うん、こういう感じの服はないかな」
 翔は上着の前を広げて、中のシャツを示した。店員はそれを少し眺めてから言った。
「残念ながらそのような西方型の服はウチの店では扱ってはおりません。なにしろ参拝客相手の商売なもので、東方型の正装が主ですから」
「あ、でもこういう服はこの辺りじゃなければ売っているのか」
「ええ」
「そうか、ありがとう。悪いんだけど、俺はこういう服が欲しかったから…」
「ええ、分かりました。またの機会をお待ちしております」
「済まないな」
 そう言い残して翔は光明とともに店を出た。
「ありがとうございました。またお越し下さい」
 店員は翔たちの後ろで大きな声を出していた。
「翔はそういう服を着るのか」
「ああ、光明が着てるような和服…、いや東方型っていうのか、そういう服、俺のところじゃ特別な時しか着ないんだ」
「こっちでも似たようなものだよ。こういうのは宮廷や幕府の関係者、あとは西方型の服は馴染めないっていうような人しか着ないんだ。ただ、幕府の関係者でも南雲だけは西方型の服を着ているけどな」
 翔が今まで出会った人には幕府の関係者が多かった。また、圭の家も幕府の役人が多く住まう城下町にあった。だから着物の人ばかりであったのだろう。そんな話をしながら光明の後について歩いていると、大きな神殿が見えて来た。
「もう少しだ。今はちょうど昼時だからあまり人もいないと思う」
 神殿近くになると、店の数は極端に減った。その代わりに道は広くなり、その周りには多くの木々が植えられていた。景色だけではなく、なんとなく空気自体までが違って感じられる。それは翔が中学生の時に修学旅行で行った京都と似た印象であった。
「ほら、あれがそうだよ」
 大きな建物であったので、光明が言うまでもなく翔にも分かった。敷地はかなりあるようで、巨大な神殿の周りにも広いスペースがあった。神殿と思われる建物は木造で屋根には赤い瓦を使用している。左右を端から端まで見渡すことが出来ないほどの広い廊下があり、中央は塔になっている。翔にはどことなく寺と神社を混ぜたような外観をしているように感じられた。二人が門をくぐったとき、鐘の音がした。ちょうど昼らしい。あまり参拝客の姿も見えず、神官が何人かいるだけであった。光明はそのうちの一人を捕まえて尋ねた。
「生駒という神官に会わせて欲しいんだが…」
 するとその相手はじろりと光明を見た。
「大神官には今日、面会予定者はなかったはずです。大神官は御予約のない方にはお会い致しません。失礼ですが、あなたはどちら様で?」
「ああ、申し遅れたが、私は東山光明という者だ」
 その名を聞いた途端、相手の顔色が変わった。
「こ、これはとんだご無礼を…。しばらくお待ち下さい。只今呼んで参ります」
 そういって神官は足早に去って行った。
「へえ、さすがは将軍の息子だねえ」
「よせよ、そういう特別扱いは嫌いだ」
「冗談だ。それより、大神官って…」
「ああ、そう言っていたな。あいつ、ちゃんと大神官になれたらしいな」
「大神官ってどのくらい偉いんだ?」
「そうだな、少なくともこの神殿じゃ一番上だ」
「へえ、すごいな」
 そう応えたものの、翔にはピンとこなかった。ただ、これほどの大きさの建物を任されているとなれば、やはりすごいのだろうということだけはわかった。そんな翔の心中を察してか、光明はさらに説明を始めた。
「登陽には五人の大神官がいて、それぞれが東西南北中央の大神殿を管理しているんだ。その上に…」
「お待たせ」
 光明の言葉の途中で声をかけてくる者があった。二人が振り返るとそこには一人の男がいた。年齢は二十過ぎぐらい、背は高くもなく低くもない。痩せた体つきをしているが、不健康そうな印象はなかった。先程の神官よりも豪華な白い袈裟のような服を身に纏い、顔には笑みを浮かべている。とても大神官と呼ばれる人物とは思えないほど威厳がない。先程の神官もそうだったが、この男は髪を長めに伸ばしている。こんなところからも翔は、やはりここは異世界である、ということを感じた。
「遠い所よくお越し下さいました、光明様」
「やめてくれよ、そういう話し方は。以前みたいに普通に話してくれ」
「了解、了解。それで、お隣に連れているのは?」
「土方翔と言って、まあ、幕府にとっての恩人かな」
「ほう、その人が」
 男は翔のことをまじまじと見つめた。そしてすぐに口を開いて言った。
「自己紹介がまだだったね。僕は生駒夏澄。君のことは聞いているよ、土方君。悪漢共を蹴散らして他国の皇子を救い出した英雄だってね」
 それを聞いて翔は驚いた。
「ちょっと脚色されているようですね。そんなにたいした事をやった訳じゃない。たまたまですよ、たまたま」
「ほほう、功を誇るではなく逆に謙遜をするとは、大した人物だ」
「いや、だからそうじゃなくて…」
 翔が何か言おうとするのを光明が遮った。
「まあまあ。それより神殿の中を見学したいんだが、案内してもらえるか」
「お安い御用。しかし君はもう何度か見たんじゃないのか」
「ああ、でも翔が興味あるらしくてな」
「分かった。それにしても土方なんて姓は珍しいね。あまり聞いたことがない。よかったら後でちょっと相を見させてよ」
 それを聞いて光明が言った。
「ああ、そうだった。翔を占ってもらいたいと思っていたんだ」
「じゃあ、見学の前に占ってしまおうか。時間的にちょうどいいし」
「そうだな、よろしく頼む」
「じゃあ、部屋に案内するよ」
 翔が一言も言わないうちに決定してしまったが、特に反対する理由もないので翔はあえて何も言わなかった。
 翔と光明が案内された部屋は神殿内の一番奥の部屋で、出入り口の戸のほかは窓ひとつなかった。部屋の中には申し訳程度の蝋燭の火ぐらいしかなく、昼間だというのに一寸先を見通すのも苦労するほどであった。
「二人ともそこに座って」
 生駒は蝋燭の置かれた机の方を指し示した。翔と光明は言われるままに隣同士に座った。生駒はその向かいに座り、蝋燭を脇にどけて机の中心にカードの束を置いた。
「おっと、そうだ」
 生駒は思い出したように立ち上がり、部屋の隅の方へ行った。暗くて良く分からなかったが、翔が目をこらしてみると何やら棚を調べているらしい。
「あった」
 引き出しから何かを取り出して生駒は机に戻って来た。そのとき、高い音が室内に響き渡った。それと同時にこの部屋の中で蝋燭のほかに光を発する物体が二つ現れた。一つは生駒が今しがたもって来た物、もう一つは翔が首から下げているトパーズであった。生駒は何が起きたのか分からず、驚きの表情を見せていた。しかし翔と光明は顔を見合わせていた。
「ちょ、ちょっとそれを見せてくれ」
 光明は引ったくるように生駒がもっていた物を取った。それは明るい光を発しながらも黒い光沢をもつオニキスであった。
「こ、これは…」
「何?一体それがどうしたの」
 生駒は一人で困惑の表情を見せていた。それにもかかわらず翔と光明は生駒に問いただした。
「生駒さん、これを一体どこで?」
「いつこんなものを手に入れた?」
 生駒は訳が分からなかったが、一応は答えた。
「良くは覚えていないけれど、物心ついたときにはすでに持っていたよ。占いの時には精神集中の為に身につけているんだけど…」
「なんてことだ」
「確か、八人目か」
「一体何だって言うのさ」
 翔は事情を説明しようとしたが、光明に止められた。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
 翔は、なぜ、という表情をしたが、その回答は得られなかった。
「それよりも早く、占ってやってくれ」
「あ、ああ」
 翔はトパーズをズボンのポケットにしまった。すると音と光は止み、室内は再び蝋燭の明かりだけとなった。生駒は納得しかねる様子であったが、机上のカードを手に取るとそれをシャッフルし始めた。数回交ぜた後、それを翔の前に置いて言った。
「土方君、一回切って」
 翔は言われる通りにした。
「ありがとう」
 翔からそれを受け取ると、先程までとは打って変わって生駒は真剣な顔付きになった。そしてそのカードの束の上から順にめくって机の上に奇妙な並べ方をしていった。その様子は翔にタロット占いを思わせた。十二枚並べたところで生駒は手を止めて、そのカードをめくった順番に従って見ていった。一通り眺め終わった後、生駒はしばらく考え込んでいた。翔は果たしてどのような結果が出るのかと、多少緊張した面持ちで生駒の様子を見ていたが、ややあって生駒は顔をあげて口を開いた。
「君は、普通の人間じゃない。中央に置かれた一枚目のカードから君はユグアレグ、つまり”地”の人間であることがわかる。しかも奇妙なことに二枚目、三枚目も地を表している。普通、一人の人間から一つしか出ないということはない。光明君が”光”しか出なかったのと同じで極めて特殊な例だ」
「言っている意味が良く分からないんですけど…」
 戸惑いの表情で翔はつぶやいた。しかしそれにもお構いなしで生駒は続けた。
「七枚目と九枚目は二人の人物を表している。この二人は君の運命にとって重要な役割を果たす。二人とも”地”とは正対の位置にある”風”だ」
「正対…、ってことは、その二人っていうのは、俺とは相いれない人物っていうことですか?」
「いや、正対するからといって必ずしも反発するわけではない。正対する者同士が互いを認めその欠点を補い合うとき、大きな力を発揮できることもある。もちろん、反発することもあるが。…ともかくこれから君の運命は、この二人の人間によって大きく揺れ動くこととなるだろう。一人は男。どうやら高い位の人物らしい。君に近しい者のようだ。君とは戦う運命にある。それも一度じゃない。そしてもう一人は女。昔、君が会ったことがある人らしい。悲しみの感情に囚われている。そしてそれに君自身も関わっている。敵となるか、味方となるかは分からない。すべては君の行動次第だ。君はこの二人と関わって死ぬような事はないが、それ以上の辛い経験をする可能性がある。君は自分が正しいと思うことをすることだ。そうすれば最後には君の望みが叶うと出ている。僕に分かるのはここまでだ」
 そう言って生駒は、翔の目を真っすぐに見つめた。光明は何か考え込んでいるようであった。翔にとって生駒の言葉は抽象的でその内容を上手く捉えることは難しかったが、それでも自分自身のことであるので、なんとか理解しようとその言葉を反芻するように口を動かしながら頷いていた。
「男と女…。一体誰だ?」
「さあ、そこまでは分からないよ」
 翔の呟きに生駒は答えた。
「ただ、今言ったことは必ず起きる。だから何かしらの心構えをしておいたほうがいいと思うよ」
「占いというのはここではそんなに信憑性があるものなんですか?」
「どういうことだい」
「まだ言ってなかったと思いますけど、俺はこの世界の人間じゃないんです。俺の世界では占いみたいな根拠のないものはあまり信用されていないんですよ」
 その言葉に生駒は反論した。
「どうして占いは根拠がないんだい?」
「逆に尋ねますけど、占いの結果というのはどこから導き出されるものなんですか?」
「そうだね、…偶然と統計、かな。偶然を統計によって判断・分析する。極端な言い方をすれば、神の言葉を人間が解釈するってところかな」
「神が実在するなんて証明できるんですか」
 生駒はちょっと困ったような表情をして答えた。
「昔から神の姿を見たと言う人は大勢いるよ」
「そういう人は俺の世界にも大勢います。しかし本当にその言葉を信用できるんでしょうか。俺は神なんて見たことないし、だからその存在も信じてはいません」
 生駒はここで少し考え込んだ。そして翔に尋ねた。
「君の国で一番高い山は何て言うんだい」
「富士山ですけど」
「君はそれを見たことがあるかい」
「実物はありません」
「じゃあその山が実在するとどうして分かるんだい?ましてや全ての山の高さを自分で測った訳でもないのに、どうしてその富士山とやらが一番高いと分かるんだい」
 翔は言葉に詰まった。
「僕の言いたいことが分かったようだね。自分で実際に見たり調べたりした訳でもないのに、君はその富士山という山を一番高い山として存在していると認めている。その認識を僕たちは神に当てはめているだけなんだよ」
「なるほど。そう言われると神の存在も頭から否定できない、というわけですね」
 翔は感心して言った。
「これで僕の占いも少しは信じる気になったかい」
「ええ、まあ」
 それでも翔は完全に納得したわけではなかったが。その時、翔は隣で黙ったままでいる光明に気付いた。
「さっきから何を考え込んでいるんだ?」
「占いのことを、な」
「何か気になることでもあるのか」
「位の高い男、っていうのは皇族、貴族、あるいは幕府の重鎮ということだろうな」
「ああ、そんなところだろうな」
 そこで生駒が口を挟んだ。
「大神官以上の神官も当てはまるよ。それに何も登陽だけに限る訳じゃない」
「ああ、そうか。そうなると結構な数になるな。じゃあ、そっちは置いといて、翔、こっちに来てから何人の女に会った」
 翔は少し考えてから答えた。
「そういえば不思議と女は一人も会っていない」
「本当か」
「ああ。少なくとも覚えている限りじゃ、ね」
 翔の行動範囲は陵と一緒にいた時を除けばそのほとんどは幕府に関連した所であった。であれば、幕府は通常、女性を役職に付けることはないので、別段、不思議なことでもなかった。しかしもちろん、女性の姿を全く見なかった訳ではない。だが会話をしたことはおろか、目があったことすらなかった。
「じゃあ翔が元の世界で会った女、ということになるな。元の世界であった人間とこの世界で会う、なんていうことがあり得るのか」
 この時、翔は阿部のことを思い浮かべたが、そのことは黙っていた。その代わりにこう言った。
「しかしこの世界に来られるのは何も俺だけじゃないんじゃないのか」
「それはそうだが…」
「あのさ、俺のことなんだからそんなに光明が気に病む必要はないだろう」
 阿部のことをあまり思い出したくなかった翔は、笑いながたそう言って誤魔化した。
「まあな」
 光明も笑ってそれに答えた。
「じゃ、僕が案内するからそろそろ神殿を見てまわろうか」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
 そして三人は暗い部屋を後にした。

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