第四章 予兆−巨星堕つ

第四話 獅子、吼ゆる

カイアンとローレンスがサロンで話をしていた頃、御前試合決勝戦で戦った二人の青年は選手の為に用意された宿舎の食堂にいた。たまたま同じ時に食事に来た二人はお互いの姿を見止め、相席をして話すことになった。先に口を開いたのはファクトであった。ファクトは非常に背が高く、筋肉質でがっしりした体つきをしている。今は薄いシャツを一枚着ているだけだったので、その体躯が良く分かった。首も太く、腕などは常人の二倍ほどの太さがある。長い金髪が邪魔にならないようにするためか、頭には布を巻いている。顔つきもいかつい感じだが、信念を持ったような瞳をしていて、この時も火浦を真っすぐに見つめていた。
「お前、強いな。今まで負けたことはなかったのに」
「なあに、運が良かっただけだ。武装が違えば結果も違ったかもしれない」
 火浦は半分は謙遜、半分は本気でそう答えた。彼はファクトに比べ、身長は低い。と言うよりも、普通の人間ほどしかない。筋肉もあまりなく、どちらかと言えばスマートな外見をしている。こんなに細くて、なぜ大男のファクトと渡り合えたのかと思うほどである。細面で、長めの黒い前髪からのぞく目は相手を射るような視線である。だからと言って相手に敵意を持っている訳ではない。おそらく、生まれつきなのであろう。
「しかし素手であそこまで闘えるなんてな。お前は確か登陽の出身だろう。登陽では素手の流派が盛んなのか?」
「いや、そういう訳じゃない。俺の技は会王朝で身につけたものだ。あそこほど徒手空拳の武術が発達している国は見たことがないな」
「会王朝か。あそこの国のことは良く知らないな。あまり自ら表に出てくることはない国だからな」
「ああ、そうかもな。…ところでお前はラードルールの出身らしいが、この国の大会に出るのに何の問題もなかったのか?」
「どういう意味だ?」
 ファクトは火浦が何を聞きたいのか分かっていない様子だった。そのため火浦は、確認するように言った。
「公国と王国はあまり良い関係ではないだろう」
「ああ、そういうことか。しかし他国の人間が思っているほど、ラードルールとファーンは仲が悪いわけではないぞ。事実、俺がこの大会に出ることになったのも、インベオ大公からの推薦があったからだし」
「インベオ大公が?本当か」
「ああ。俺はラードルールのあちこちを腕試しをしながら旅をしていた。で、インベオに行った時にある武術館で試合をしたんだ。その時に倒した相手というのが、インベオでもちょっと名の知れたやつらしくてな。それで大公に呼ばれて王国で開催される大会に出てみないかって言われたんだ」
「なるほど。しかしインベオ大公が、か。それはちょっと意外だな。だがラードルールにだってこういった大会はあるだろう。なぜわざわざこんな所まで来たんだ?」
「じゃあ、登陽出身のお前こそなぜここまで来たんだ」
 そう言われて逆にファクトが聞き返した。火浦はちょっと考えてから答えた。
「色んな奴と闘いたかったから、かな」
「俺もそうさ。世界を回って様々な相手と闘って経験を積んで、世界で一番強い男になるんだ」
 ファクトは目を輝かせ、少しも恥じることなくそう言った。それとは正反対に、火浦はその様子を冷めた目付きで見ていた。
「何のために?戦乱の時代ならともかく、現在のように世界が安定した状況じゃあ、強さよりももっと別のものが求められると思うが」
 そんな火浦の視線を察してか、ファクトは少し大きな声で言った。
「そんなことは関係ない。男として生まれたからには何かで一番を目指すのは当たり前だろう。お前だって武術をやっているのなら、誰にも負けたくないとは思わないのか?」
 熱っぽく語るファクトとは裏腹に、やはり火浦は冷めた表情であった。というのも、彼が武術を学んでいるのには別の理由があり、ファクトの言うように『最強の男』を目指している、という訳ではなかったからだった。だが火浦はそんなことを話すつもりはなかったので、ファクトに話を合わせるように答えた。
「まあ、な。お前の言うことも分からんではないな。しかし俺に負けているようじゃ、まだまだだな」
「そうだな、これで倒さなきゃならない奴がまた増えた」
「増えたって、ほかに誰かいるのか」
「ああ。アルフォンソ、川原崎慧斗の二人だ」
「剣王と剣聖か。それはまた、凄い目標だな」
 剣王アルフォンソはその武力で南の大国・エルドラドを築き上げた。また、剣聖・川原崎は陽登随一の使い手と言われたほどの剣の達人である。アルフォンソはともかくとして、川原崎のことは大陸から見て東の果ての島国のことでもあれば、ラードルールにおいては正確に知る者は少ない。そのため、半ば伝説染みた逸話が数多くあり、信憑性に欠ける部分も多いと言われている。それでもやはり、この二人は世界に知られた最強の戦士である。
「しかしこの二人に勝てるようでなくては最強とは言えないだろう」
「そうだな、せいぜい頑張れよ」
「その前にお前との再戦だな。今度は俺が勝つ」
「そいつは楽しみだ。それじゃあ、俺は眠いから、そろそろ部屋に帰らせてもらうぞ」
「ああ、じゃあな」
 こうして二人の若き戦士は再戦を約束して別れた。この時二人は、お互いが終生のライバルとなることなどに気が付くはずもなかった。

 光明は皇居の南閲殿にいた。その理由は勿論、皇子誘拐事件における阿部の疑惑に関してである。南雲が大京から帰還してすぐに、陽京守護職・小早川弘景を呼び寄せた。そして皇子誘拐の実行犯を取り調べた風魔を伴い、皇居へと来た訳である。天皇側は天皇本人のほかに左右両大臣が出席している。天皇が上座に座り、天皇から見て左に幕府側が、そして右にただ一人阿部が向かい合うようにして座っていた。余裕があるのか、薄ら笑いを浮かべている。役者が揃うと同時に、左大臣・京極博臣が口を開いた。
「只今より、我が国に国賓として滞在なさっておられたソロレシア帝国皇子ソレビー・カイアン殿の誘拐事件に関しての会談を執り行う。どの者も天皇陛下の御前なれば、その発言おいて偽りなきように」
「お待ちください。その前にお尋ねしたいことがございます」
 京極の言葉を遮ったのは阿部であった。
「なぜ幕府側は将軍がお越しになられないのでしょうか」
 この質問は当然、幕府側も予期していたものであり、その回答もすでに用意されていた。そしてそれを発したのは小早川であった。
「閣下は忙しき身であり国事の全てにかかわっている時間もございませぬ。ですが陛下の御前にあってたかだか一将に過ぎぬものが参るは失礼。そこで次期将軍で有らせられる光明様が代理として出席することとあいなり申した。されど光明様は若くもあれば幕府において実際的な権力を持たぬ身。そこで陽京守護職でもあり、朝廷にも縁あるそれがしめと将軍直属忍軍の風魔疾が後見人として同席させていただくこととあいなり申した。将軍閣下御本人はおりませぬが、我らが言葉を将軍の言葉としてお取り扱い下さい」
「了解致しました。その様な理由であれば、私の方としては一向に構いません」
 阿部はクレームをつけたものの、幕府側がこのように答えるのはわかっていたことである。このような場では将軍自らが出席するのが普通であるから、将軍がいないことに対して何の疑問も持たない方がかえって不自然とも言える。だからこそ阿部はこのようなことを言ったのであった。そうすることによって自分が将軍の死を知らず、またそのことに関与してはいないという振りをしようとしたのでもある。
「ではもう一つ、なぜ私がこの場に呼び寄せられたのか、お教え願えますか」
 一つ目の課題を済ませた阿部は、続いて次なる課題へと取り掛かった。こう発言することによって、自分が皇子誘拐事件に関わりがないということをアピールしようというのである。
「それは私の口から申し上げましょう」
 その問いに答えたのは風魔であった。
「皇子を発見した際、誘拐の実行犯の本拠地を突き止めることにも成功致しました。その一味を捕え取り調べたところ、阿部様の名を挙げたのです。その言葉の真偽を確かめたく思い、陛下に願い出て阿部様にお越し頂いたという次第です」
「なるほど、わかりました。それでその一味は確かに私の名を出したのですね?」
 風魔の言葉に対しても阿部は落ち着いたものであった。
「しかしそれを狂言、とは考えられませんでしたか」
「それはどのような意味でしょうか」
 小早川が素早く質問した。
「例えば、私を陥れるために何者かが画策したということです。皇子を誘拐することにより将軍の権威を貶める。そしてそれを私になすりつけて私をも陥れる。憚りながら阿部家は貴族の名門。そして東山家は武家の頭領。この両者の名に傷を付けることは、密かにこの国の権力を狙う者にとって一石二鳥の策と言えましょう」
「あらかじめ用意しておいた言い訳がそれか。部下どもは観念したというのに、主はみっともなく悪あがきか」
 風魔が挑戦的な言葉を吐いた。しかし阿部はその挑発には乗らずいたって冷静であった。
「あなたはそれほどに私をお疑いか。しかし言わせて頂くならば、このような仮定も成り立つのですよ。皇子誘拐は幕府がでっちあげた事件で、頃合いを見計らって姿を隠していた皇子を救出されたことにして表に引き戻す。そしてその事件の黒幕を私に仕立て上げる、というのはいかがでしょう」
「馬鹿な、そんなことをして何になるというのだ」
「だがあなたがたは肝心のその一味とやらを連行してはいない。ならばどのような作り話も出来ましょうからな。犯人を連れて来られない、ということに何かしらの意図があると疑われても仕方のないところでしょう」
「犯人一味は獄中で毒を含み自害した。連れて来られよう訳がない」
 風魔がそう言うと、阿部は薄ら笑いを浮かべて言った。
「ではその犯人とやらがいたのかどうかさえも定かではないということですな」
「阿部殿、言葉が過ぎますぞ」
 阿部と風魔の間に割っていったのは小早川であった。
「風魔の言葉は撤回致します。なにも阿部殿を黒幕と決めつけてこの場に臨んだ訳ではありませぬ。確たる証拠がない以上、阿部殿が潔白であるとおっしゃるのなら我々としても阿部殿を信じるよりほかはございません。そして先程、阿部殿がおっしゃられた通り、別の者が暗躍しているのならば協力してその者を捜し出そうではありませんか」
「今回の事件は幕府に落ち度があったために起きたこと。私が協力する謂れなどはないものと思われますが」
「しかし阿部家の名を貶めようとする者の存在は貴殿にとっても看過し難いものであるはずです」
「ある程度の地位にいる者には多かれ少なかれ、そのような敵はいるもの。いちいち取り合っていては身が持ちませぬ」
「しかし…」
「やはりあなたがたでは話になりませんな。将軍と直に話し合う機会を頂きたい」
「しかし閣下は只今、御多忙ゆえに…」
 それを聞いて阿部はまたも薄ら笑いを浮かべた。
「それはまたおかしな話ですな。本来、将軍はこの会談のために陽京入りされたはず。それなのに御多忙とは、一体何処で何をなさっておられるのやら」
「それは…」
「まあ、これ以上の話は将軍と会ってからです。でなければ私といたしましても何も申し上げられません。将軍に会わせて頂きたい」
 この会談が始まってからずっと黙ったまま座っていた光明であったが、この阿部の一言を聞いて突然立ち上がって叫んだ。
「父上に会いたいだと。ならば会わせてやろう。貴様が父上にそうしたように、私が貴様の命を絶ってやる。そしてあの世で父上に会うがよい」
 光明は腰の刀に手を掛け、立ち上がった。無論、隣にいた小早川と風魔に取り押さえられたが、それでも充血した目で阿部を睨みすえていた。父親を殺したのが阿部であると思っている光明は、阿部の言葉が白々しく感じられ、怒りが込み上げて来たのであった。しかしその光明の殺気の込もった目付きでさえも、阿部は涼しい顔をして真っ直ぐに受け止めていた。そしてそのような光明の態度に慌てたのは阿部以外の者達であった。小早川と風魔は怒りにまかせて阿部に斬りかからんとする光明を押さえ、両大臣は将軍の死という事実を聞かされ驚愕し、天皇は光明の血走った目を見て自分にも禍が及ぶのではないかと狼狽していた。そんな状況の中で最初に言葉を発したのは右大臣である榊有長であった。
「将軍が亡くなられたというのは真ですか」
「そうだ、この男の放った忍によって父は命を奪われたのだ」
 怒りに駆られ今にも阿部に斬りかからんとする光明を小早川はなだめた。
「光明様、落ち着いて下さい。確たる証拠もないのにそのようなことをおっしゃっては…」
「何を言うか。現場には丹波忍軍の小刀が残されていたではないか」
 激昂する光明に対して阿部はやはり落ち着き払って言った。
「丹波を抱えているのは何も我が阿部家だけではない。十條、朱帆、神田…、貴族だけでなく大名でも数多くおりましょう。それらのどれでもなく私のみに限定できるような証拠でもおありかな?」
「そのように言い訳を用意してあることこそが、何よりの証拠ではないか」
「…やれやれ、話にならないな」
 阿部は天皇の方を向いて言った。
「将軍もすでに亡く、その跡取りもこのように激情に駆られて冷静な判断を下せなくなるような人物ならば、幕府とはまともに話し合いなどはできませんな。早々にこの茶番劇の幕を閉じてはいただけませぬか」
 その阿部の言葉に光明はますますいきり立った。
「貴様はそうやって…」
 京極と榊の両大臣が右往左往する中、光明を止めたのは風魔であった。
「光明様、こらえてください。ここは私が」
 そう光明に耳打ちすると、風魔は腕を組んで彼にしては珍しく大きな声で言った。
「この国を任せられないのは天皇、阿部、あんたらの方だ」
 その風魔の言葉にその場に居合わせた全員が驚きをもって反応した。
「風魔殿、今の言動は不敬罪に価しますぞ」
 京極は咎めるような目付きで風魔を見つめた。風魔は京極に答える代わりに指を鳴らして部屋の外に向かって言った。
「例の人物をここへ」
 風魔の部下が連れて来たのは、もう三十も半ばを過ぎたくらいの男で、あまり落ち着きがなく何かに脅えている様子である。もっとも、このような場に関わる事になったのであるから、普通の者にとっては平静にしていろという方が無理な注文ではあったのだが。
「この者は禁中にて働いている者です。さあ、お前が見たことをありのままに話せ」
 風魔がそう言ってもその男はまだおどおどとしていたが、風魔が『大丈夫』、というふうに頷くと、幾分冷静さを取り戻して話し始めた。
「私は禁中にて警備を仰せつかっております、佐原明正と申します。つい先日のことでございます。陛下が私室の前で立ち尽くしているのをお見掛け致しました。しかし何か、普段とは違った様子で辺りを見回してらっしゃるので、何事かと思い陛下の側へ参って伺おうと致しました。すると阿部様がいらっしゃって、陛下と二言、三言、会話をなされると、揃って陛下の私室へと入られました。御存じのように、陛下の私室は神聖にして不可侵の領域。私はどうしたものかと思案に暮れておりますと、風魔様がいつの間にか私の背後にいらっしゃり、このことを見たという証人になって欲しいとおっしゃられたのです」
 男はまくし立てるように一気に喋り、全て話し終えると肩の荷が降りたようにほっと一息もらした。風魔は佐原に頷いて天皇と阿部を交互に見た。そして京極に向かって話し始めた。
「私の申し上げた言葉の意味、ご理解いただけたでしょうか」
 次々に起こる様々な事態に両大臣ももう感覚が麻痺してしまったのか、それほど驚いた様子もない。しかし天皇と阿部は、やはり驚きの表情を隠せないでいた。天皇は声を発することもなく口をぱくぱくさせ、阿部は悔しさを含んだ表情であった。だがこの場で一番驚いているのは光明であった。そのため先程の怒りも何処かへと去り、一同の顔を眺めながらその場に座り込んでいた。
「…これは、問題ですな」
 その一言を発したのは榊であった。天皇の私室は佐原の言う通り、絶対不可侵の領域である。それを侵した阿部、そしてそれを許可した天皇は勿論、ただでは済まされない。これが風魔一人の言葉であったなら、不利な立場にあった幕府の言い掛かりであると天皇側にも反論は可能であったが、その証人が皇居の人間であるとなればその言を軽んじることはできない。これは風魔の計算の内でもあった。
「さて、いかがなさいましょうか?」
 両大臣か天皇、阿部か、それとも光明に向かってか判断しかねるような態度で風魔はそう呟いた。一同はしばし無言であったが、ややあってから榊の口が静寂を破った。
「賢人の議が必要ですな」
 この一言を聞き、天皇、阿部ともに『まさか』、という顔をした。賢人の議とは皇族に重大な過失があった際に、十三人の貴族が話し合いをしてその人物の取り扱いを決めるものである。この議が行われたのは歴史上二回しかなく、そのいずれもが皇位あるいはその継承権の剥奪と流刑という結果に終わっている。つまり賢人の議が行われるということが決定された時点で、その対象となる人物はもう失脚したも同然ということなのである。
「現在の状況等に関して更なる調査を要するため、本日の会談はこれにて終了致します。幕府方は今しばらくの陽京滞在を。天皇陛下、阿部殿は現在より賢人の議終了までその権力を一時的に停止致します。なお、阿部殿は十三賢人の一人ですが、賢人の議に出席する資格はありませんのでご了承ください」
 はっきり言って中途半端な閉会ではあった。いや、それ以前に、正式にはまだ開会したとも言いがたい状況であった。それは宣言した京極自身にもよく分かっていた。しかしこの場において平静な心を保っている者などはいなかったので、一度無理矢理にでも終わらせる必要があったのである。ほかの者も十分にその事は分かっていたので、異議を申し立てる者もなく閉会となった。

 サラがアルケン・エレクトロニクスに戻ってから二十時間が経過していた。ラナンをはじめモーターフィギュアのパイロット達は待機状態であった。こういった時の過ごし方というのは人によって様々で、例えばラナンは筋力トレーニングをしていたし、ルノーは未だに目を覚まさないマリエの様子を見ていた。ミーナは一人静かに本を読み、ペギラは疲れを癒すために睡眠をとる、といった具合であった。なぜ彼らが待機していたのかと言えば、それは新米メカニックのニナのためである。ニナはクルセイダーズに配属が決定した時、一応はそれぞれの機体については勉強してきた。しかし彼らの使う機体は実験機であるためそれ一機しか存在せず、ニナは社内に残された設計書でしか確認できなかった。また、サラやそれぞれのパイロットが機体の細かな部分を色々といじっていたので、マニュアルとは異なる部分も多い。それを確認するための時間が必要だとラナンが考えた上でのことである。
 そうしてニナがそれぞれの機体をチェックし始めてから三時間が経過した。ルノーは未だにマリエを見つめ、ミーナは二冊目の本に取り掛かり、ペギラはやはり眠っていた。そんな中、ラナンはトレーニングを終え、船外に出て煙草を吸っていた。普段は何も考えてはいないように見えるが、彼とてもやはりリーダーであれば色々と悩みの種は多い。差し当たっては未だに目覚めないマリエ、そして失った二体のモーターフィギュアのことであろう。十三体もいる魔神を相手にするには圧倒的な戦力不足。一体一体のスペックを比較しても雲泥の差がある。そんな条件の中でどうすればいいのか。考えてもどうにもならない。そう思うのが普通であろう。しかしこのラナン・ニアノという男は違った。このような時であればこそ、生き生きとしてくるのである。それは、彼が戦いが好きだから、という訳では決してない。彼は、自分が成したことの結果に対して他人がどう評価するのかを聞くのが好きだった。だからこれで何とかなったらみんなはどう評価するだろうか、と考えている。その場合、何とかならない場合のことは考えていない。事実、彼がリーダーになってからクルセイダーズは数々の困難な任務を全て成功させて来た。そのためクルセイダーズは世界連邦の中で『奇跡の部隊』とも呼ばれている。それもラナンのプラス思考によるものであったと言えるのかもしれない。ともかくそんなわけでラナンは悩みこそはしていたが、絶望はしていなかった。
(で、まずはどうするかだが…。そういえば!)
 ラナンは何かを思いついたらしく、ニナを除いた全員をブリーフィングルームに集めた。ルノーが医務室から戻って全員が集まったのを確認すると、ラナンは話し始めた。
「みんな、やることがなくて暇だったろう?だから暇つぶしに、これからみんなで魔神を倒す方法を考えよう」
「なんだそりゃ?そんなことで集合をかけたのか」
「考えるって言ったって、そう簡単にはいかないだろう。今までだってさんざん考えてきたんだから」
 ペギラやルノーが口を挟んだが、ラナンは気にせず話を続けた。
「なあ、ペギラ。この間は話の途中で終わったが、お前が以前、生身で魔神を倒した時はどうやったんだ?」
「ああ、その話ね。前も言ったけど、実に簡単なことだよ」
 ペギラは軽く笑って続けた。
「まあ、正確に言うと魔神を倒したんじゃないんだ。パイロットを殺したんだよ」
 それを聞いてその場にいたものは呆気にとられた。
「こ、殺したって…」
「ずいぶんあっさりと言うのね」
 周りの者達のそんな様子を見て、逆にペギラの方が驚いたようだった。
「ええ?何で?それが一番、手っ取り早いだろう?」
「まあ、それはそうでしょうけど」
「魔神だって、パイロットがいなければ鉄屑同然だ。それにエンジェルは賛同者が少ないから、代わりのパイロットもそんなにいないだろう。ましてや魔神を使いこなせる者なんて、一握りじゃないのか?例え魔神を破壊したところでパイロットが生き残ればまた魔神を作ることも可能だけど、高い能力を持つパイロットを育てるには莫大な費用と時間がかかる。こっちにとってはパイロットを殺した方が効率的だ」
「…なるほど」
 とは言ったものの、これまでモーターフィギュアの戦闘ばかりをしてきて、パイロットが死ぬのは機体を破壊されて脱出できなかったその結果、としか考えていなかったラナンにとっては完全には納得しかねるものであった。
「しかしパイロットを殺すのも、そう簡単にはいかないだろう?」
 ルノーが投げかけた疑問はもっとものものであった。
「そう、そのためにあの三人が必要だったんだ」
「あの三人?海老名と、エアリアー・ファーン、それにルシア・モーガン、って言ったっけか?」
「ああ。ルシアは今はエアリアーと結婚してるから、ルシア・ファーンだけどね。…どうでもいいか。それじゃ、まず、モーターフィギュアを持たないこの世界の人間が魔神とやりあうには、どうするのが一番だと思う?」
「魔法、だな」
「そう、魔法だ。人間があんな大きなシロモノと戦うには魔法ぐらいしかない。ルシアはこの世界きっての魔法使いだったからね。もちろんどんなに強力な魔法だって、個人レベルで使えるものじゃ魔神を倒せるほどのものじゃない。けど、魔神だってその稼動にエネルギーを必要とする以上、永久に戦い続けられる訳じゃない。弾薬だって尽きるだろうし。いずれは補給に戻るだろう。そうしたら次のステップだ」
 ここまで聞いて全てを理解したようにルノーは言った。
「魔神の撤退する先を探すんだな」
「そう。海老名君に探してもらった。で、見つけたらエアリアーに始末してもらうだけ。案外、簡単だったよ。ま、同じ手はもう通用しないだろうけどね」
「だろうな。やつらだって、馬鹿じゃない」
 ペギラとルノーの会話を聞きながらラナンは何かを考え込んでいるようであった。黙り込んでしまった彼を皆が注目していることに気が付いたらしく、顔を上げて口を開いた。
「確かに同じ方法は駄目だろう。しかし、今の話から魔神を止める方法が幾つか考えられるな」
 ラナンがそう言ったので、皆は身を乗り出してラナンの話に耳を傾けた。

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