第五章 胎動−蠢く阿修羅

第一話 決意

天皇の御前での会談の後、光明は小早川、風魔とともに今後のことを話し合っていた。幕府の、ひいては陽登の行く末に多大な影響を与えるであろう議題に対して三人しか参加していなかったのは、未だ将軍の死を公表していないためであった。その事実を知る南雲を、光明としてはこの中に入れたかったが、自身の命令によって今は大京の副将軍の元にあったためその願いは叶わなかった。会議は小早川の提案により、将軍の遺体が安置されている部屋の続き部屋にあたる桐の間で行われていた。部屋の中はもちろん、外にも小姓は置いていない。そのため、人々は皆、将軍を中心として会議を行っていると信じているだろう。
(いつまでこんな誤魔化しが通用するものか)
 小早川は不安に感じていたが、光明からはそんな様子は感じられなかった。
「賢人の議、か。天皇と阿部はこれで終わりだろう。父上の無念を直接晴らせぬことは心残りだが、それも今となっては仕方のないこと。後は幕府をどうするかだな」
 この光明の落ち着き様は小早川を驚かせた。親を殺され、阿部には悪し様に言われ、しかもその決着を他人に任せねばならない状況にあって、将軍の息子という特殊な立場ではあるが、まだ二十歳に満たない若造にとしては考えられないほどであった。
(あるいはこれも、光明様の器の大きさなのかもしれないな)
そんな小早川の思惑はよそに、風魔は静かに言葉を発した。
「果たしてそうでしょうか」
 その言葉を光明は聞きとがめた。
「何か心配事でもあるのか?お前が用意してくれた証人のおかげで賢人の議も開かれることになった。こうなればいかに阿部、いや、天皇とてどうしようもあるまい」
「その賢人の議、こちらの思惑通りに進むでしょうか」
「どういう意味だ?」
「光明様、現在の『賢人』の構成をご存知でしょうか?」
「いや、榊、京極の両大臣のほかは覚えていない。ああ、阿部も入っていたと思うが、今回は除外だろう」
 風魔は小早川の方を向き直って尋ねた。
「陽京守護職の小早川殿ならばご存知でしょう」
 いきなり話をふられたので多少、戸惑ったが、小早川は答えた。
「光明様も仰られた通り、両大臣と阿部、そのほかには神楽、美作、梶原、十条、天城、長瀬、保科、佐上、太田、桂木の十人」
「流石です」
「それがどうかしたというのか?」
 光明は怪訝な顔をした。それに対し、風魔は表情ひとつ変えずに答えた。
「阿部を除いた賢人の中で、神楽と十条は現天皇とは縁戚。梶原、長瀬、保科、太田の四人は数ある公家の派閥の中で、阿部派に属する人間。実に十二人のうち六人になります」
 それに反論したのは小早川だった。
「風魔殿、貴公の言わんとすることはわかります。しかし彼らとて、賢人とも呼ばれていれば己の職責もわきまえておられましょう。それにこれまで二度あった賢人の議でも、対象者と縁のある者が多く名を連ねることがなかった訳ではありません」
「それは小早川殿の仰る通り。しかし今回は多少、事情が違うところがあるのです」
「事情?一体何があるというのだ」
 光明の質問に答える代わりに、風魔は懐から一枚の紙を取り出し、光明と小早川の前に広げた。
「これは…、天皇家の系図か。これがどうしたというのだ」
 風魔は広げた系図の一点を指差した。
「さて、これが前回の賢人の議の際に流刑となった白泉天皇です。この時の賢人の議が開催された際には、この二人、大代皇子と津通皇子が皇位継承権を持っていました。その前の賢人の議では皇位第一継承者である応歩皇子の継承権剥奪の際には、第二継承者として高浜皇子がいました。しかし今回は…」
 そう言って風魔は現天皇・司月天皇を指差し、そこを始点に大きな円を描いた。その円の中には何人かの皇子の名が記してあった。
「そう、成人している皇位継承者がいないのです。現在の皇位継承者は三人ですが、能信皇子も山賀皇子も沖宮皇子も、いずれもがまだ幼子。能信皇子に至ってはまだふたつにもなりません」
 光明も小早川も、それを聞いて考え込んだ。
「では現天皇存続のために、天皇・阿部ともにお咎めなしとなる、ということか?」
「その可能性はあります。この度の賢人の議の開催は天皇が阿部に聖地への入場を許したことが直接の原因ですが、その証人も現在は賢人預かりの身となっています。穿った見方をすれば、賢人達が如何様にもできる状態である、ということです。そしてこの一件、元を辿れば帝国皇子の誘拐事件が発端ですが、これを公表すれば誘拐した黒幕の阿部は当然のこととしても、幕府もその責任を問われることとなります。しかし幸か不幸かこれは幕府と阿部の間のことあり、現在のところ一般には知られていません」
「では風魔殿は、賢人達が幕府の責任は不問に付すことを条件に今回の事件は『なかったこと』にする、と考えておられるのか?」
「考えられないことではありません」
 風魔の言葉を聞いた途端、先程までは落ち着いた様子であった光明は叫んだ。
「こちらは父上を失っているのだ。そんな痛み分け、許せるものか」
「光明様、落ち着いてください。確かに風魔殿の言うような可能性も考えられますが、反司月天皇派・反阿部派の賢人達に働きかけていくことによって防ぐことはできると思います。そういった工作の類でしたら、是非とも私にお任せください。決してそのような事態だけは招かぬように致しますので」
 小早川にそう言われ、光明は幾分平静さを取り戻した。
「ああ、頼むぞ、小早川。しかし、そうなると次の天皇は誰が即位するのだろうか」
 それに対して答えたのは風魔であった。
「そこに二つ目の問題があります。おそらくは阿部家に次ぐ貴族である神楽が後見人となって自身の孫である能信皇子を即位させようとするでしょう」
「阿部家に取って代わろうというわけか」
「ええ。一方、十条あたりは沖宮皇子を推すでしょう。となれば、幼き皇子達の後見人たちによる政争は必至。先程は二つ目の問題、と申し上げましたが、実は私が危惧しているのは現天皇の存続よりもむしろこちらの方です。貴族による政争は陽登に混乱を呼びます。それに乗じて良からぬことを考える大名もいるかもしれません。幕藩体制とは言っても、実際には幕府ができてから二十年とは経ってはいません。各地の大名達にとって、あの戦乱はまだまだ記憶の浅い部分にあることでしょう。そのような者達が将軍がお亡くなりになったことを知れば、貴族達の政争に武力を以って参加ことも考えられます。とすれば、賢人達が取る道はひとつ」
「それは?」
 風魔の言葉を聞いて光明は息を呑んで尋ねた。風魔はそれに回答を与える代わりに小早川の方を見た。小早川はそれを受けて口を開いた。
「大政奉還、ですな」
 この答えは光明自身も半分、予想していたものであったため、それほど驚きはしなかった。その代わりに小早川に対して目で説明を求めた。
「武家を押さえ、公家が政治の中心となる社会を作り出すためにはそうするのが一番です。将軍の不在と皇子誘拐事件の責任を理由にされれば幕府には断る理由がありません。能信皇子、沖宮皇子どちらが即位するにしても、その幼い天皇の後ろ盾に立つ貴族は摂政として天皇の名の下に幕府解体の勅命を下すことが可能。幕府がなくなれば、武家は天皇が直接に支配することになります。阿部家が失墜すれば摂政たるその者が公家を束ね、武家を従える、言わば陽登の頂点に立つこととなります」
「回避する方法は?」
「今のところは…」
 光明はしばし考え込んでから口を開いた。
「今回のことは確かに幕府にも落ち度はある。それに元々この幕府は阿部の独裁を止めるためのもの。ならばその役目を果たしたとも言える。だが、その阿部に取って代わる貴族が阿部と同じ道を歩むのなら、それは止めなくてはならない。まだ大政奉還はできん」
 その言葉を聞き、風魔は光明の方を向いて言った。
「では光明様はまだ幕府を存続させたい、と」
「無論だ」
「ならば私に考えがあります」
「何だ?」
「おそらく、この陽登を割ることになるでしょう。光明様にその覚悟はおありですか?」
 風魔はまっすぐに光明を見つめた。光明もまっすぐに見つめ返してそれに答えた。
「父上の作った幕府をこのまま終わりにはできん。どんなことでもやってみせよう」

 照明が完備された一室。壁には巨大なモニターや様々な計器類が並び、その手前には操作盤と思しき物が設置されている。そこに三人の男女がいた。いずれも黒い服に身を包み、一人は壁によりかかり、残る二人は操作盤の前の椅子に座っていた。
「クリスティーナはどんな具合だ?」
 椅子に座ったうちの一人が、ズレたメガネを直しながら壁によりかかったドレッドヘアの男に尋ねた。椅子に座った男はやっと三十代になったような外見であったが、少年のように高い声は聞く者に違和感を覚えさせる。ドレッドヘアの男は彼よりも少し年上、三十代半ばといったところで、その髪型と無精ひげ、黒い肌と筋骨逞しい体つきによってどことなく近寄りがたい雰囲気を発していた。
「フロートシステムは交換しなけりゃならないな。その他はまあ大丈夫だろう」
 椅子に座った男ほどではないが、彼もまた思いの外、高い声をしている。
「そうか、予備はあるのか?」
「ああ。しかし組み立て上がった途端に試運転だなんて、普通じゃないぜ」
「そう言うな。アレは昔、俺自身が逢ったことがあってな。自分で試してみたくなったんだ」
「あんたのそういう子供っぽいところ、治したほうがいいぜ」
「悪かったよ」
「二人とも、これを見て」
 椅子に座った女性が、操作盤を動かす手を止めて言った。曇り空のような艶のない灰色の髪を揺らしながら振り返る。この三人の中では最も若く見える。その真面目な表情から、何か大事な話であることは容易に推察できた。
「クリスティーナのカメラの記録よ」
 二人の男は興味深げにモニターを見た。そこには、ラナン・ニアノのアルバードの映像が映っていた。
「レオン、あんたの大事なクリスティーナを傷物にしたのは、どうやらこいつらしいぜ」
「変な言い方をするな、BP。しかしこいつ、一見すると戦闘機だが、可変機構があるようだな。メディア、何か分かるか?」
「鋭いわね。恐らくこれは、アルケン・エレクトロニクスのモーターフィギュアよ」
「へえ、アルケンの技術も上がったものだ。あそこはオーディオとゲーム機しか作れないと思っていたぜ」
 ドレッドヘアの男はおどけてみせた。それを見てメディアと呼ばれた女性は咎めるような口調で言った。
「馬鹿なこと言わないの。…これ、多分、試作機だけど最新鋭機よ」
「なぜ分かる?まあ、確かに可変機構を持つフィギュアなんてあまり聞かないがな」
「これを見て」
 メディアはパネルを操作し、先程までの静止画像の一部を拡大した。
「ここに『AFP−011』とあるわ。AFPは試作機に付けられるコード。アルケンで実用化されているフィギュアは八種類だから、011というナンバーは新型開発のための試作機ということよ」
「そうか?八種類の実用機を作るまでに十を超える試作機があっても不思議はないんじゃないか」
「アルケンでは同系機の開発をする時にはナンバーは枝番もしくはダッシュを付けるようになっているわ。新しいナンバーが付けられるのは違う系統の機体が作られる時だけよ」
 そこにBPが横から口を挟んだ。
「さすがは元社員だねぇ。しかし、ということはこの他にも009、010の最低二つは開発中もしくは完成しているってことだな」
「BPの言う通りよ。私がアルケンにいた頃はまだ009も010もなかった。もちろん、その試作機もね。だからその二体は、ここに映っている機体と違うコンセプトで開発された同世代機と考えられるわ。つまり、この機体と同等の性能を持っているということね」
「なるほど、ちょっと厄介だ。しかし世連が本格的にここに関与してくるようになろうとはな。まさかクルセイダーズとかいるんじゃないだろうな」
「ああ、あんたは苦い思い出があるもんなぁ」
 BPは薄ら笑いを浮かべながらレオンを見た。レオンは不機嫌な顔をしてBPを見返した。
「それって、エグズ事件の時のこと?」
「なんだメディア、知っていたのか」
「有名だからね。ボロボロにされて泣きながら逃げ帰ったって」
 メディアは笑って言った。それに対し、レオンは抗議した
「そこまでひどくはなかったぞ」
「冗談よ。でもクルセイダーズのパイロットって、アストラルクロスが使える人もいるらしいわね」
「ああ。あれが発動したら、乗っている機体の優劣など関係ない。実に厄介な奴等だよ」
 そう言ってレオンはモニターをじっとみつめていた。
「そう言えば、フーはどうしたの?あの娘、昨日からこっちに来ているんでしょう」
 メディアのその声でレオンはその意識をモニターの中から引き戻された。それに答えたのはレオンではなくBPだった。
「さっき見た時はシミュレーターの所にいたぜ」
「またやってるのね。あっちでもずっとやってたっていうのに。よく飽きないものね」
「そう言ってやるなよ。暇なんだろうから仕方ないだろう」
「BP、お前もあんまりいいこと言ってないぞ」
 レオンは二人の会話に割って入った。
「訓練に熱心なのはいいことだ。その甲斐あって、元々アースの人間なのに今じゃソフィアを手足のように操れるようになってるじゃないか」
「ま、あれだけ毎日、シミュレーターとジムを行ったり来たりしていればそうもなるわよ。…あの娘、ここに来る前に何かあったわね」
「アースでか?」
「ええ。なんかあの娘、時々、ぼんやりと考え事をして溜息をつくのよ。きっとあれは、男ね」
 レオンはそんな話に興味ない、といった様子で再びモニターに目を向けた。
「それを忘れようとして、あんなに訓練ばかりしているっていうのか?しかしフーほどの美人じゃフラれたってことはないだろうから、フッたかってことか」
「いいえ。たぶん、両方」
「女の勘ってやつかい?」
 からかうようにBPが言った。しかしメディアはそれに対しても真剣に答えた。
「そんなところね」
「ま、若いうちは色々あるだろうさ。特にフーみたいな器量良しじゃあな」
 そう言ってBPが話を締めくくろうとした時、ドアが開いて部屋に一人の女性が入って来た。
「あらフー、どうしたの?」
 何事もなかったかのようにメディアが尋ねた。フーと呼ばれた女性はまだ二十歳くらいで、黒く長い髪を持つ細身で長身の美しい女性であった。レオン達同様、黒い服に身を包んでいる。フーはレオン達の近くに来ると、抑揚のない声で言った。
「さっき、格納庫でペヴに聞いたわ。クリスティーナがやられたんですって?」
「ああ、そのことか。大したことはない、気にするな」
「レオン、あなた、クリスティーナを勝手に飛ばしたそうじゃない」
 あくまでもフーは無表情であった。
「なに、ちょっとしたテストさ。世連の奴等に出くわしたのは計算外だったが、大事には至らなかったし」
「今回はそれでいいでしょうけどね。…いいこと、同じようにわたしのソフィアを勝手に飛ばしたりしたら承知しないわよ」
 レオンの方が十歳ばかり年上であるのに、フーの言葉に圧倒されてしまった。
「ああ、分かってるよ。約束する、勝手はしない」
「それと、他人の過去を詮索するのもやめて頂戴」
 フーはメディアとBPを順に見て言った。
「…聞こえてたのね。ごめんなさい、気を付けるわ」
「ミステリアスな美人はみんなの心を惹きつける。仕方ないだろう?」
 それを聞いたフーはBPを睨みつけた。
「あなたのそのふざけた態度もイヤなのよ。年長者ならそれらしく振舞ったらどうなの?」
「生まれついての性分だからな。フーこそそんなにカリカリするなよ。せっかくの美人が台無しだぜ?」
 彼女は呆れてものも言えない、と言ったふうに背中を向けてしまった。長いスカートを翻してのその動作さえも優雅で美しいものであり、その場にいた者は皆、目を奪われた。女性であるメディアでさえも。
「まあ、ここに集まった経緯はそれぞれ違うが、今の俺達は仲間なんだ。仲良くやろうぜ」
 BPはそういうと大きな声で笑った。

 火浦とファクトが退室し、衛兵達も戻ってきて王室は普段と同じ様子を取り戻していた。そんな中でローレンスはファーンに言った。
「陛下、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「なんなりと」
「なぜ彼ら、ファクトと火浦に偽りの情報を教えたのですか?」
 国王は一瞬、驚きの表情を見せたが、すぐに頷いて言った。
「分かりましたか」
「それはそうです。カードが警備の者を倒して逃げたなどという話はラードルールでは聞いたことがありません。そもそも彼は神出にして鬼没。警備兵に見つかったことなどはただの一度もありません。その犯行が明らかになるのも翌日、現場に残されたカードが発見されてからのことです。いつ、どこに現れるのか分からない、というのが一番厄介なところです。そういった意味では、彼らのような一介の武芸者に捕らえられるとは思えません。たぶん、あなた自身もそう思っているはずです。ただ捕らえろ、というだけならもだしも、偽りの情報まで教えるとは一体、どういうおつもりなのですか?」
「なんとなく、分かりましたよ」
 国王がローレンスの言葉に答えるよりも早く、隣にいたカイアンが言った。何かを言いかけた国王はそれに興味を引かれ、カイアンの方を見た。
「ほう?」
「足止め、ですね」
「どういう意味ですかな?」
「あなたは何らかの目的があって、彼らをこの国に留めておきたいのでしょう。いや、彼らだけではありません。私もロー、っと、ロックも。違いますか?」
 周りに衛兵達がいるのを思い出し、カイアンはローレンスを本名で呼ぶのを避けた。
「その証拠にインベオのトゥイバーン殿に預かった親書を渡してから何日も経つのに、私はその返事をまだ受け取っていません。ロックもまた、あのようなことがあったのに、家庭教師を続けさせています」
「なるほどなるほど」
 国王は面白そうに話を聞いている。カイアンは言葉を続けようとしたが、何かに気がついたらしく大きな声で叫んだ。
「…そうか、そうだ。これはあなただけではない。インベオ大公も一枚噛んでいる。私に親書を渡して王国へ向かわせたのもインベオ大公なら、ファクトを御前試合に推薦したのもインベオ大公だ。プログラムにもインベオ大公の推薦とあった。ロックのことは別にしても、これはあなたとインベオ大公が何らかの目的のために王国に人を集めているんだ」
「その目的とは?」
 国王はカイアンに尋ねた。
「それは、…わかりませんが」
「面白い推理ですが、それだけでは偶然、と言えなくもないですよ。名探偵どの」
 国王に茶化されて、カイアンは少しムッとしたが、言い返せるだけの材料もなく、黙ってしまった。しかしはっきりと否定をしなかったことから、自分の考えがあながち外れではないとも思った。
「御前試合の準備があって忙しかったためにトゥイバーン殿への返事が遅れてしまったのは申し訳ない。すぐにでもしたためましょう。それでよろしいですかな」
 そう言われてはカイアンも引き下がるしかなかった。話はそれで終わり、国王は退出した。結局、自分が達が何のために王室に呼ばれたのか、ローレンスには分からなかった。王室を出た後、カイアンは不思議に思っているローレンスに尋ねた。
「この後の授業は?」
「いや、今日はもう終わりだけど」
「じゃあ、ひとつ頼まれてくれないか」
「何を企んでいるんだい?」
 悪戯っぽく笑うカイアンにローレンスも同様の笑みを返した。
「人聞きの悪いことを言うな。ファクトと火浦を手伝ってやって欲しいんだ。私はたぶん、明日にでも親書を渡されてこの国から追い出されるだろうからな」
 思いもかけないことを言われてローレンスは一瞬、疑問に思ったが、すぐにカイアンの真意を悟って言った。
「わかった。やってみよう。で、結果はどうやって伝えればいい?」
 カイアンはしばし思案して言った。
「そうだな。この後、私はトゥイバーン殿の下へ国王からの返事を持って行く事になるだろうが、そこに手紙を送ってもらう訳にはいかないな。じゃあ、スフィッツオのリアランド・ストラー殿の方へ手紙を送ってくれ。インベオで通行許可書をもらったらスフィッツオへ向かうつもりだから」
「わかった。楽しみに待ってて」
「期待している」
 そこで別れようとしたが、ふと思い立ってローレンスは訪ねた。
「僕からも一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「君はインベオ大公に頼まれてこの国に来たんだよね?」
「ああ、親書を預かって来た」
「インベオ大公からファーン王国に、っていう親書だよね?」
「ああ、そうだ。それに関しては私もちょっと疑問に思っていたんだがな」
 カイアンはちょっと考え込んでから続けた。
「さっき国王の前でも言ったことだが、ファーンとインベオ大公は繋がってるんじゃないか?あくまで推測だがな」
「どういう意味?」
「元々、ファーンはインベオの円卓の騎士の筆頭だろう?つまり大公が最も信頼していた人物のはずだ。そうそう簡単に切れる間柄じゃない。事実、二人は親書のやり取りまでしている」
「そう言えばファーン独立戦争の時にインベオはラードルール連合軍に参加していなかったなぁ。じゃあ、王国独立にはインベオ大公も賛成していた、ってこと?」
「と言うよりも、ファーン王国はインベオ大公の考えによって興されたんじゃないのか?このブリッド島をラードルールから独立させるために、最も信頼できるファーンを国王に仕立て上げた、とかな。だが、魔神討伐の後、このブリッド島は完全にインベオ領になったわけだから、わざわざ独立する必要があったのかは疑問だがな」
 二人はそこで考え込んでしまったが、当然、答えなどは出るはずもなかった。
「ま、お前はまだしばらくこの国に留まっているんだろう?機会があったらその辺も探ってみてくれないか」
「いいよ。何か分かったらそれも手紙に書いておくよ」
「頼んだ。じゃ、ミハイロフが心配しているだろうから、そろそろ私は戻る」
「うん、じゃあね」

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