第五章 胎動−蠢く阿修羅

第二話 水面下

NOAH内のブリーフィングルームでの話し合いはラナンによって打ち切られた。当然、その場にいた全員からラナンに対して、『魔神を倒す方法が幾つかある』という言葉の内容に関しての質問がされたが、ラナンはそれに答えることはせずに解散となった。皆が消化不良のまま部屋を出て行こうとした時、ミーナだけはラナンに呼び止められた。その声はルノー達にも聞こえたが、それを気に留める者はなかった。ただ一人、新人メカニックのニナを除いては。
「あの、ラナンさんがミーナさんを呼んでますけど、何か秘密の作戦会議ですかねぇ?」
 不審に思ったニナはルノー達に質問した。しかしその疑問に対しての答えは実に素っ気ないものだった。
「いいんだよ、あの二人は」
「そうそう、邪魔するだけ野暮ってものだよ。馬に蹴られて死にたくなければ放っておくんだね」
「何ですかぁ、その『馬に蹴られて死ぬ』って?」
「海老名君に習ったんだけどね、アースにはそういう言葉があるのさ」
「どういう意味ですかぁ?」
「海老名君に会ったら聞いてごらん。それより整備が終わったのなら一緒にお茶でも飲まない?」
「ごめんなさい。わたし、ちょっとやることができたので遠慮しときますぅ」
 外ではこのような会話が交わされ、ブリーフィングルームにはラナンとミーナだけが残された。ラナンは真剣な顔つきであったが、ミーナはどこか不機嫌そうだった。その発する言葉も表情と同様、トゲトゲしいものであった。
「それで、今度はどんな言い訳?」
「いきなり何の話だ?」
「人事部の新人の娘とのことでしょう。わたしが何も知らないとでも思っているの?」
「何を言い出すかと思えば…。別にあの娘とは何でもない。一緒に食事をしただけだ」
 後ろめたいことなど何もないと言わんばかりに、平然とそう答えるラナンに対してミーナは冷ややかな視線を送る。
「あなたの食事は朝までかかるの?」
「何だって?」
「あの夜、何度もあなたの家に電話したのに留守だったもの」
「違うって。その後、スクランブルが入ったんだ。だからそのまま基地に行ったんだよ」
「あらそう。その日はわたし、あなたがいないものだからマリエと電話していたんだけどなぁ。マリエって、あなたと一緒の隊だと思ったのはわたしの記憶違いかしら?」
 冷たい視線を受けてもラナンは怯まずに答えた。
「たまたまマリエはスクランブル要員から外されていたんだよ」
 必死に言い繕うラナンを見て、ミーナは深い溜息をついた。
「ねぇ、ラナン。もうやめましょう。あなたとはハイスクールの頃からの付き合いだけれど、あなたはわたし一人だけを見てくれたことは一度もなかったわ」
「それは違う。俺はいつだってミーナを見てたさ。一番大事なのはいつだって君なんだよ」
「一番があるなら二番もあるのね」
「そういう意味じゃないって」
「…もういいわ。あなたの言葉にはいつも誠意が感じられない。ラナン、もうあなたのすることに何も言わないわ。だからあなたも、仕事のこと以外でわたしに話しかけないでちょうだい」
 そう言うとミーナは部屋を出して行ってしまった。一人、部屋に取り残されたラナンは大きな溜息をついた。
「あいつ、何も分かってないくせに。ったく」
 そういって椅子を蹴飛ばすと、椅子はローラーの力を借りて思いのほか勢い良く滑っていった。そして壁に当たり、机の影へと消えた時、
「痛っ」
という声が聞こえてきた。不審に思ったラナンがそちらの方を見ると、物陰で座り込んですねをさすっているニナがいた。
「いつの間に…。こんな所で何をしているんだ?いや、それより今の話、聞いていたのか?」
 咎めるような口調のラナンを無視して、ニナはいきなりラナンに向かって怒鳴った。
「軽蔑しました。クルセイダーズのリーダーほどの人だから、きっと素晴らしい人なんだろうと思っていたのに…。乙女心を弄ぶなんて、最低です!」
 いきなりの大声にラナンは顔をしかめた。
「わたし、わたし…、こんな人と仕事したくありません」
(何だよ、このカンチガイ娘は…)
 ラナンは無視してしまおうかと思ったが、この調子ではどこで何を言われるか分かったものではない。少なくとも悪い印象だけは拭い去ろうと試みた。
「ちょっと待ってくれよ。誤解だよ。ミーナの一方的な勘違いなんだって。君だって聞いていたんだろう?一緒に食事をして、そしたらスクランブルが入ったから基地に行ったんだよ。それで出撃から戻ったらもう夜が明けてたんだ。ミーナから電話があったのを知ったのも、家に帰ってからなんだよ。そうだ、エリル少佐にでも聞いてくれ。そうすれば分かるから」
「…ホントですかぁ?」
 ラナンの話を聞いているうちに多少、落ち着いてきたらしく、ニナはいつもの口調に戻っていた。
「本当だって」
「そうですか…。言い過ぎました、ごめんなさぁい」
 ラナンはなんだか子供を相手にしている気分になってきた。これ以上、ニナと話していると疲れてしまいそうなので、早々に終わらせようと思った。
「もういいよ。一人にしてくれないか」
 しかしニナは部屋を出て行かなかった。
「ダメですよぉ。誤解はちゃんと解かないと。そのためにミーナさんだけ残ってもらったんじゃないんですかぁ?」
 それを聞いてラナンはミーナを呼び止めた本来の目的を思い出した。
「いや、それはいつでもいい。それより、君はTERIOSって扱えるかい?」
「できますけど…?」
「そうか、じゃあ君にお願いしようか。本当はミーナに頼もうと思って呼んだんだが、それどころじゃなくなったしな」
 TERIOSというのは主に世連の情報部で使われるコンピューター用のソフトの一つで、音声や映像を細かく分析するためのものである。クルセイダーズのメンバーの中でこれを使うことができるのは情報部出身のミーナだけであった。
「魔神と戦った時の映像を見て欲しいんだ。魔神の素材とそこから予測できる質量、瞬間的に出せる最大のスピード、旋回速度、そのほか分かることは何でもいい、見てくれないか」
「分かりました、やっておきます」
「悪いね」
 そう言うとラナンはブリーフィングルームを出て、ミーナの部屋へと駆け出した。

光明は天皇の御前での阿部との会談を済ませ、小早川や風魔との話し合いを終えるまでは藤の間に戻って来ることはなかった。そのため翔には光明にどのようなことがあったのかは分からなかったが、戻って来た光明の様子が最後に見た時とはだいぶ違っていることだけは分かった。
「もう大丈夫みたいだな」
「ああ、心配掛けたな」
 翔は会談がどうなったのか、そしてこれから幕府はどうするのかを知りたかったが、尋ねたところで教えてもらえるはずもないと思い敢えて何も聞かなかった。すると光明の方から翔に質問してきた。
「翔、どうする?大京へ戻るか?今ならまだ帰してやれると思うが」
「いや、迷惑でなければここにいさせて欲しい」
「そうか。それは構わないが、しかし観光とかはもう無理だぞ」
「分かっている」
 『戻るか』と聞かれた時、翔の頭の中には一瞬、大京にいる陵や圭のことが浮かんだ。しかしこの後、阿部がどうなっていくのかを知りたいと思い、陽京に残ることを選択したのだった。
「分かった。では我々はこの後、小早川の洛那城に移ることになるが、翔も一緒に来てもらおうか」
「城?まるで戦でもするみたいだな」
「それも想定してのことだ」
「え?」
 何気なく呟いた一言に対して重要な情報が返ってきたので、翔は驚いた。それに対して光明は一切、頓着していないようだった。
「どうかしたのか?」
「いや、そんな大事なこと、俺なんかに話していいのか?」
「別に知れたところで大したことじゃないさ。向こうも考えの中に入れているだろうしな。それに翔は皇子を見つけてくれたし、何故か阿部に、父上が亡くなったことを教えられた。もう、完全に無関係という訳じゃないな」
「うぅん…」
「それで、できれば翔はなるべく私の側にいて欲しい。父上が亡くなったことを知っている者はまだほんの少数だ。翔を信用していない訳ではないが、話が広まった時、翔を疑わなけりゃならなくなる。今のところ阿部の方から公表するつもりはないようだからな」
「そうか、そうだな。言われた通りにするよ」
 翔の言葉を聞いて、先程までは真面目な顔つきをしていた光明の表情が和らいだ。
「良かった。…実を言うと、さっき、戻らないかと聞いた時に戻ると言われたらちょっと面倒なことになると思ったんだ」
「ならわざわざ聞かなくてもいいだろう」
「いや、風魔や小早川は翔が父上の不幸を知っている、ということを知らない。だから大京に帰ってから口をつぐんでいてもらおうかと思ったんだ。こんな大事に翔がここにいることの方が不自然だし、翔のことをこちらの都合で束縛したくはなかったからな」
「じゃあ、俺がここに残ることは、風魔達にどう説明するんだ?」
「正直に話すさ。翔が残るなら、風魔には翔の身の安全を守ってもらわなきゃならないし」
 幕府という大組織にそれだけのことをさせている、ということに翔はちょっと気が引けた。
「なんか、色々と気を遣わせているみたいだな」
「気にするな。翔は皇子を救い出した恩人だからな。これぐらいは当たり前だ」
 こうして翔は、光明と共に陽京の東部に位置する洛那城に滞在することになった。

 河原崎の元を尋ねた後、阿部は自分の屋敷に戻り、自室に籠もって次の準備を進めていた。
(PCがあれば楽なんだがな)
 そんなことを考えながら、阿部は硯と筆を取り出し、紙に何やらしたためていた。
(まあ、この世界の奴等じゃ、プリントアウトした文書を送ったら仰天するだろうけどな)
 もうすでに書くことが決まっているのか、筆は淀みなく進んでいく。筆で書くことに慣れているらしく、達筆、とまではいかないが読みやすく整った文字を書き連ねてゆく。一枚、二枚…。四枚目を書き上げると、小刀を取り出した。
(馬鹿馬鹿しいけど、仕方ないか)
 阿部はその小刀で親指に切れ目を入れた。鮮血が滴り落ちる。それを指いっぱいに広げると、先程書き上げた文書それぞれの自分の名前の下に親指を押し当てた。
(こんなものか)
 そしてそれぞれを封書すると、天井を見上げて言った。
「十白、いるか?」
 阿部がそう言うと、誰もいない部屋の天井から一つの影が音もなく降りてきた。
「はっ」
 その影は丹波忍軍の頭領、丹波十白。濃い灰色の服に身を包んだ初老の男は、顔を上げて阿部の背中を見詰めていた。
「賢人の方は?」
「梶原、長瀬、太田、保科は問題ありません。十条と神楽につきましては、はっきりとした返事をいただけませんでしたので、何とも…」
「だろうな。特に十条はそうだろうさ。女は感情を持ち込むからな。蛍火を貸しておきながら、いざ将軍が死んだら情が湧いたんだろう。あそこの女当主殿には、無理かもしれんな。いっそのこと、全部ひっかぶってもらうか」
 冗談とも本気ともつかない口調で阿部は言った。それに対して十白は何も答えない。阿部自身も何か言葉を期待していた訳ではない。これまでずっと背中を向けて話をしていた阿部だが、十白の方へ向き直ると先程作成した文書を取り出した。
「いや、ご苦労だったな。では他派貴族は私の方でやっておくから、お前はこの密書を運んでくれ」
「どなた様へ?」
「筑石の黒田、播輪の朝倉、瑞山の長部、奥浅の片倉だ」
「かしこまりました」
 阿部が密書を手渡すと、十白は音もなく消えた。すると阿部は手を叩いて部屋の外にいる小姓を呼び寄せた。小姓は静かに戸を開け、膝をつき頭を下げたまま、阿部の言葉を待った。
「陛下はどうされている?」
「皇居に籠ったままです」
「そうか、下がっていい」
 小姓を下がらせると、阿部は腕組みをして考え込んだ。
(まったく、あのオッサンにも困ったもんだ。ここまで来てビビッってるんじゃ、しょうがないな。仮にも天皇なら、もっとこう、デンと構えて欲しいもんだな。ま、それができるようならこんなことにはなっていないか。…しかし皇居は良くないな。あんなふうに町に囲まれた所じゃやりにくい。おそらく幕府方は洛那だろうから、やはり朝倉の烏丸を借りなければ話にならない。だがこれでもう、後戻りはできないな。もう他にやりようがないし、仕方ないか。せいぜい悪役を演じて見せるさ。…しかし戦なんてできるのかね、戦争を知らない世代の俺に)
 阿部は自嘲気味に笑った。と、その時、背後に人の気配を感じて振り返った。そこには黒い服を着た二十代半ばの男が立っていた。
「何だ、あんたか」
 突然現れた男に対して、さほど慌てた様子もなく阿部は言った。相手も涼やかな笑顔を浮かべて静かに立っている。身長は阿部とそう変わらないようだったが、阿部は座っていたため相手を見上げるような形になった。阿部が黙って見つめていると、男は何度か頷くとしゃべり始めた。
「久し振りだな。覚えているか?会いに来るのはこれが三回目、だったか」
 忘れるわけがない。黒で統一した服装に黒いマント、濃い黒のサングラス、おまけに黒髪、黒い瞳…。この男こそが、彼をこの世界に連れてきた男だった。二度目に会った時にこの世界に連れて来られたが、それ以来約半年間、姿を見せていなかった。
「ああ、もちろん覚えているさ。確かに三回目だ。あんたには色々と聞きたいことはあるが…。まずはどうして俺をこんな所に連れて来たか、だな」
 阿部は静かに問い質す。
「ずいぶんと落ち着いているな。それよりどうだった、この世界は?つまらなくはなかっただろう?」
「質問に対して質問で返す。それがお前の会話の方法か?」
 多少、声を低くして阿部は言った。だがそこには苛ついた様子はない。相手もそれが分かっているようすで、笑うようにため息を一つついて言った。
「必要があったから連れて来たんだよ」
「今さら何を」
「これまでほったらかしにしておいたのは悪かった。こっちも何かと忙しかったんだ。それに、君もこの世界に慣れなきゃならなかっただろうし」
 それを聞くと阿部は黙ったまま、何事かを考え始めた。相手も黙ったまま、次の言葉を待った。やがて阿部は静かな声で尋ねた。
「で?」
「『で』って、何だい?」
「何の必要があったんだ?」
 相手はそれを聞くと、何度か軽く頷いてから口を開いた。
「その前に自己紹介をしておこうか。今さらだけどな。俺の名前はアリオン・ミラー。ある組織に所属している。エンジェル…、今はネオ・エンジェルって言う組織なんだがな。それで、君にはその組織の手伝いをして欲しいんだ」
「どういうことだ?」
「俺は元々、この世界の人間じゃないんだ。君がいたアースとも別の、ラントって所から来た。で、俺のいるエンジェルってのはラントではすこぶる評判が悪くってね。ちょっとワケありで政府にも睨まれちまって、ラントでの活動が難しくなった。それでここに来たんだが、元々エンジェルっていうのは評判が悪いせいで賛同者が少ない。特に若いやつは全然だ。だから見込みのありそうな人間を見つけてきては仲間になってもらっているのさ」
「拉致してきている、の間違いだろう?」
「そう言うなって。ま、事後承諾には違いなけど」
「じゃあ他にも同じような目に遭っている人間がいるってことか」
「まあな。でもまあ、あんまり多くはないなぁ。やっぱり、ラントの方が色々と発達しているせいか、使えると思って連れて来てもサッパリだったってことも少なくないからな。能力だけじゃなく、順応性も必要なんだな」
「それで、俺が『使えそう』に見えたか?」
 ミラーと名乗る男はまたも何度か軽く頷いた。どうやらこれは彼の癖らしい。
「そうだな。君は頭の回転も早いし、センスもある。だが、それだけじゃない。普段の生活に退屈してそうに見えたな。そういう、とりたてて生きる目的がなさそうな人間とか、人生に絶望しかかっている人間とか、自分の世界にあまり未練のなさそうな人間がいいんだよ」
 阿部は日本での生活を思い返した。元々彼は、何事もない平穏な生活を望む性質ではあったが、正直、自分のやりたいこと、あるいはやるべきことというものが見つけられず、将来に対して漠然とした不安を抱いてもいた。この世界に来てからは平穏とは程遠い生活ではあったが、普通の人間では足を踏み入れることすらできない分野で様々な事ができるようになったこの状態を楽しんでもいた。
「退屈、か。ま、確かにこっちに来てから退屈はしなかったがな。それより、連れて来た人間の中に、土方翔、っていうのはいなかったか?」
 自分と同じような境遇の少年を思い出し、阿部は尋ねてみた。
「さあ、分からんな。元々俺はこの仕事の担当じゃないからな。知り合いか?」
「そんなようなものだ。分からなければいい。しかしエンジェルとかいうのは、何をやっている組織なんだ?」
「基本的には研究機関さ。機械工学、物理学、生物学、医学、薬学…、その他いろいろだな」
「それで、俺に何の研究をしろっていうんだ?俺は文系だし、そういう分野のことは全然分からないぞ」
「いや、君にやってもらいたいのは研究じゃないんだ。詳しくは後で話すよ。まあ、君もこっちに慣れてきたころだ。そろそろエンジェルの一員として動いてもらいたい。だから迎えに来た。俺と一緒に来てくれ」
 その言葉を聞いて、阿部はしばらく考え込んだ。
「今は駄目だな。ここでやることができた」
「知ってるよ、賢人の議とかいうやつだろう?そんなのうっちゃって来いよ」
「そうはいかない。ここでどこかに行くことは、俺にとっては逃げることと同義だ。俺は誰にも背は見せたくない。それにおそらく、これはこの後、一大イベントに発展すると思う。それを放っていくのももったいないしな」
 ミラーは軽く笑いながら何度か頷いた。
「なるほどね。だが、その『一大イベント』とやらで、君に勝算はあるのか?」
「なければここまでやらないさ」
「そっか。だがそれで万が一、君が負けたとしても、我々は君を失う訳にはいかない。これを持っていろ」
 そういうとミラーは小さな腕時計のような物を投げてよこした。
「いざって時にはこれで俺を呼び出せ。迎えに来る」
「分かった、預かっておこう。たぶん、必要ないがな」
「君が勝つなら、それにこしたことはない。だが、イベントの後、我々の元に来る時に必要になる」
「どうあってもそのエンジェルとやらに加わらなけりゃならないってことか」
「そういうことだ」
 渡された腕時計を見つめながら、阿部はどうすべきか考えた。
(こいつらは色々な世界を自由に行き来できるらしいな。だとしたら、この世界のことを知るには、そのエンジェルとやらに入った方が近道かもしれん。元々ここにいるのだって、それが目的だからな。それにこいつらといれば、この世界だけじゃなく他の世界も見ることができる可能性もある。こんな所でちまちまとやっているより、その方がよっぽど早いし、面白いだろう)
「いいだろう、終わったら連絡する」
「決まりだな。ま、退屈はさせないって約束するよ」
 それだけ言うとミラーは左腕の袖を捲った。そこにはいくつかのボタンや液晶画面、計器のようなものがついた銀色の手甲のようなものがあった。ミラーがそれを操作すると甲高い音が部屋の中に響いた。不快に感じた阿部が両耳を抑えると、ミラーの姿はその場から消えた。
(大した技術だ。だがそのうちそれも、みんな俺の手に入るんだな)
 阿部はそんなことを思い浮かべ、薄く笑った。

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