第五章 胎動−蠢く阿修羅

第三話 影を追って

火浦とファクトは王宮の一室でテーブルを挟んで向かい合って座っていた。火浦からの質問を受け、ファクトはラードルールでの『カード』と呼ばれる盗賊の活動について話していたのだった。とはいうものの、カードが現れたのはラードルールの中でも主にフレリオであり、ファクトが住んでいたインベオには二、三回しか現れたことはない。そのため、国内でもそれほど話題に上ることはなく、ファクト自身もあまり詳しくは知らなかった。
「…で、主に仕事をするのは夜、それも裕福な家ばかりを狙っていたようだったな」
 自分の知っている範囲のことを全て話し終えたファクトは、火浦の反応を見た。腕を組んで何かを考えているようだったが、言葉を発することはない。そうして、しばらく無言の時間が過ぎた。火浦は何かを考えている様子で窓の外を眺めていたが、ファクトの方はそんな火浦の様子を見て、動くこともしゃべることもないのを確認しては天井を見つめるという行為を繰り返していた。何度か話しかけようかと思ったが、考え事の邪魔になっては悪い、と、結局は話しかけるのをやめてしまう。そんなことを繰り返し、七回目の時にドアがノックされた。ファクトはドアを、そして火浦を見たが、火浦は一切反応しなかった。一瞬、思案したが、結局は
「はい、どうぞ」
と、ドアを開けることを許可した。
「失礼するよ」
 姿を現したのは若い男であった。ファクトはてっきり、フィリーあたりがそろそろ部屋を引き払うようにでも言いに来たものだと思っていたので、思わずその男に見入った。よくよく見てみればそれは国王との会見の時に自分達の隣に立っていた二人のうちの一人、特別試合の選手の槍使いの方だった。
「あんた、一体…」
「初めまして、と言った方がいいのかな?僕は王子の家庭教師で、ロックっていうんだ」
「この部屋を使うのか?」
「いやいや、そうじゃないよ。どんな感じかと思ってね、君達の様子を見に来たんだ」
 ファクトは火浦の方を見た。相変わらず腕を組んだまま微動だにせず、窓の外を見つめている。
「で、どうなの?」
「いや、特には…」
 ファクトは曖昧にしか答えることができなかった。
「そう。良かったら、手伝わせてくれないかい?」
「何が目的だ?」
 これまで置物のように動かなかった火浦が鋭い目付きをローレンスに浴びせた。ただ、その目付きは彼生来のものであり、特に意識して睨みつけている訳ではなかった。ローレンスはそれを気にする様子もなく、笑顔のままで答えた。
「別に。ただ僕もラードルール出身だから、カードの話は知っている。それでちょっと興味があってね。話題の盗賊を捕らえるなんて、面白いじゃない?」
「それだけか?」
「何か不都合でも?」
 火浦はローレンスの目を真っ直ぐに見つめてしばらく黙っていた。ローレンスはそれを静かに受け止める。ファクトはそんな二人の様子をどうしたものかと思いながら見ていた。
「いいだろう、ラードルール出身なら、何かの役に立つかも知れんな。異論はないか?」
 そう言われたファクトは、反射的に頷いてしまった。だが、黙ったままの火浦を見ているだけの状態からの進展が望めそうなので、これはこれで構わないと思った。
「それじゃ早速だけど、どうするつもりなの?」
 ファクトは困惑の表情を見せた。火浦に知っていることは全て話したが、それだけだ。はっきり言って何も進んでいない。
「もう一度、そのカードとやらが現れたら、その状況を詳しく調べてみようと思う」
 何も言わないファクトに代わって火浦が答えた。ただこれももちろん、相談の上、達した結論ではなく、火浦が思っていただけのことであった。だがファクトは何も言わなかった。
「俺はこの国のこともカードとやらのことも何も知らん。一応、話は聞いたが、一度、実際の犯行を見なければ何も掴めないと思う」
「なるほどね。もっともな意見だけど、それじゃあ一回は被害を覚悟しなければならないってことだよね。でもどうせなら、次で捕らえようじゃない?」
「何か考えがあるようだな」
「考えってほどのものじゃないけどね」
 そう言うとローレンスは懐から二枚の紙を取出してテーブルの上に広げた。一枚はラードルールの、そしてもう一枚はファーン王国の地図であった。
「別にそんなに大したことじゃない。次の出現地点を予測するだけだよ。一点で捉えるのは無理だろうけど、範囲を絞ることができればだいぶ違うんじゃないかな」
「それはそうだろうが、どうやって絞り込む?簡単にそんなことができるのなら、もうすでに捕まっているのではないか?」
「そうだな、あんたもラードルール出身らしいが、それならヤツが神出鬼没だということは良く知っているだろう?一応、フレリオを中心に動いてはいたようだが、インベオに現れたかと思えば次はイトゥーリオ、そして次はゲルミリオという具合だ。いきなり俺達に位置が特定できるとは思えないな」
 火浦とファクトにそう言われたが、ローレンスはやはり笑顔のまま答えた。
「ま、そう言わずに。取りあえず地図を見てくれるかい。こっちはラードルールで、そしてこっちは王国でのカードの出現位置を記したものだ」
 二枚の地図には所々に赤い丸が記入してあった。その丸は地図中に広く分布していた。そしてそれぞれの丸の横には、日付が記入されている。おそらく犯行のあった日だろう。
「まずはラードルールの地図の方を見てよ。これを見て、何か気が付いたことはない?」
 ラードルールの地図には、四十ヶ所以上、丸印が記入されていた。
「ずいぶんと荒稼ぎをしたようだな」
 火浦は呆れた様に呟いた。それとは対照的に、ファクトは地図に見入っている。
「やはりフレリオが多いな。ん、待てよ…」
 ファクトは東端と西端の丸印を指差した。
「ここが最も距離が離れているな。犯行場所はこの二点を結んだ線を直径とする円の中に全て含まれている。ということは、ヤツのねぐらはこの円の中、ということになるんじゃないのか?」
「ほう」
 火浦は感心した様に言った。しかしローレンスは首を振った。
「水を差すようで悪いけど、残念ながらその仮定は成り立たないよ。この丸印の横、これは犯行のあった日なんだけど、短くても四日は空いている。つまり、この円の外から来て、またこの円の外に帰っていく、ということは十分に可能だ。そもそも、カードが本拠地を持っているのかどうかも分からない。土地土地を流れて犯行を繰り返しているということも十分に考えられる」
 そう言われてファクトは顔に手を当てて呟いた。
「そうだなぁ。言われてみればその通りだ」
「じゃあ、お前が『気が付いたこと』ってのは何だ?」
 火浦がローレンスに尋ねた。
「この丸の分布の仕方を見てよ。よく見てみると、ものすごく近い位置での犯行というのがないんだ」
「どういうことだ?」
「こういうことさ」
 そういうとローレンスは、地図に線を引き始めた。東西に七本、南北にも七本。地図は東西と南北に八等分され、六十四のマスに区切られた。火浦とファクトはその地図をよく見た。
「丸が入っているマスと入っていないマスがあるな」
「それだけ?」
 火浦の言葉に対してローレンスはじれったそうに言った。
「…ああ、なるほど。よくよく見てみれば、一つのマスの中に複数の丸が入っている所はないな」
「そう、そうなんだよ」
 そう言ったファクトの方を向いて、ローレンスは嬉しそうに言った。
「それこそ水を差すようで悪いが、偶然ではないのか?」
 火浦は笑いながら言った。しかしローレンスはいたって真面目な顔で答えた。
「僕も最初はそう思ったよ。だけど、隣接したマスの中の丸で、日付が近い日がない。ということは隣り合ったマスで連続して犯行が行われたことはない、ということになる」
「それで?」
「これも僕の考えに過ぎないと言えばそうなんだけど、たぶん、カードは仕事前に入念な下調べをしているんじゃないかと思う。一回の犯行から次の犯行まで何日も空いているからね。そして犯行後、しばらくその場所を離れるんじゃないだろうか。近い場所で何度も犯行を繰り返せば、その分、警備も強化される。だから同じマスの中で複数回の犯行もないし、次の仕事も遠くのマスになっている」
「なるほどな。それで、このファーンでも同じような法則が当てはまる、と?」
「たぶんね。それに、そう仮定でもしなけりゃ、捜査のしようがないんじゃない?」
「そうだな。それでやってみるか。異論はないか?」
 ファクトも頷いた。
「じゃ、今度は王国の地図を割ってみようか」
 そう言うとローレンスは先程と同様に、地図上に六十四等分する線を引いた。
「次に関係ない所は消してしまおう」
 ローレンスは筆を取出して黒いインクをたっぷりとつけ、海しかない場所、街や人家がない森などの四角を塗りつぶした。
「で、最後に犯行が行われた九ヶ所とその周り八ヶ所も除外。これで、だいぶ対象を減らせたと思う」
 一連の作業を終えた地図上で何も手が加えられていない四角は十二ヶ所となった。
「実際にはラードルールの地図とは縮尺が違うから、同じように六十四等分でいいのかどうかは分からないんだけどね」
「だが何か仮定を立ててそれに基づいて行動しなければならない、ということになってこの方法を選んだんだ。これで行こう。それにこの一回で捕らえられれば言う事はないが、ラードルールでもファーンでも捕まったことがないヤツだ。今回、いきなり上手くいかなくても仕方がないだろう」
 火浦は乗り気になっている。ファクトも火浦の言うことに頷いている。
「うん、ありがとう。それで、この十二ヶ所のうち、どこにアタリをつけるかなんだけど、ラードルールとファーンでのこれまでの犯行場所を調べてみたんだ。そうしたらね、ちょっと面白い結果が出たんだ」
「ほう?」
「これまで被害にあったのは貴族、もしくは商人なんだ」
「なんだ、もったいぶって。それぐらいは俺でも知っている」
 ファクトが口を挟んだ。
「だろうね、有名な話だから。それじゃあ、犯行が領内は全て税率が8パーセント以上だっていうのは知っているかい?」
「それは初耳だな」
「ちょっと面白いでしょう?」
「それじゃあ、税率を調べればさらに絞り込める、ということだな」
「そういうこと」
「だがなぜ、8パーセント以上の所なんだ?」
 今度は火浦が口を挟んだ。
「これは僕の予想なんだけど、たぶんカードは、義賊を気取っているんじゃないかな」
「義賊?」
「昔、いたでしょう?ミルグニアスとかいう盗賊が。カードはそれを真似しているんだと思う」
 ミルグニアスというのは三十年以上前に、カードと同じくラードルールに現れた盗賊である。評判の悪い領主や商人の所に現れては盗み出した金を貧しい人々の家に投げ込んでいたという話が残っている。
「なるほど、税率が高い所の貴族が評判の悪い貴族ってわけか」
「そう。それに商人はたいてい、貴族と繋がっているからね。だから税率が高い所の商人が対象になっているんだと思う」
「それで、税率が高い所っていうのは分かるのか?」
 ローレンスは再び地図上の四角を塗りつぶし始めた。
「調べてあるよ。この五ヶ所が税率8パーセント以上の場所だよ」
「それでもまだ五ヶ所か」
「だが、だいぶ絞り込めたな。で、この次は?まだ何かあるんだろう?」
 ファクトの言葉を受け、ローレンスは難しい顔をして考え込むような様子を見せてから答えた。
「うん、まあね。実はもう一つ、注目すべき事実があるんだ」
「何だ?」
「被害にあった所は全て税率が8パーセント以上なんだけど、8パーセントを超えていた所全てが被害にあった訳じゃないんだ」
「どういうことだ?」
「税率が8パーセントを超えていても、当然、税金の使い方がしっかりしている所もある。例えば住民が必要とする公共施設をちゃんと作っていたりとか、体が弱くて働くことができない人への補助とか、そういう所ではカードは仕事をしていないんだ。で、この五ヶ所のうちそういった制度がしっかりとしているところを除外すると…」
 ローレンスはさらに三ヶ所のマスを塗りつぶした。
「ほう」
「この二ヶ所のうちどちらか、ということになるね」
 残された二ヶ所は王国の南東と中央から少し南西のあたりであった。ファクトはその二ヶ所を順に指で追って呟いた。
「近くはないな。両方フォローするのは大変だぞ」
「こっちは僕を含めて三人いるんだ。二手に分かれよう」
「いいだろう。では今夜から早速、見回るとするか」
 火浦の言葉にローレンスもファクトも賛成した。

 学術会を終えたシャーロックが本国に戻ってきた時、父親のリアランド・ストラーは心配そうな顔をして迎えた。
「何事もなかったか?お前がいない間、気が気ではなかったぞ」
 自由経済を試みるリアランドには敵が多い。それゆえ、自身が狙われるだけでなく、息子であるシャーロックまでもが狙われることも少なくなかった。そのため、今回の学術会で自分の目の届かない所へと息子をやることが不安であったのも、仕方のないことだった。
「何にもなかった、とは言えないけど、少なくともこうして無事に帰ってきたよ。それよりもわざわざ船着場まで迎えに来るなんてやめてよ、子供じゃないんだから」
 笑いながらそう答えるシャーロックを見て、リアランドも多少、安心したようだった。シャーロックはそんな父親の後ろにもう一人、馴染みの顔があることに気が付いた。
「ラウェル、君も来ていたのか」
「この街でちょうど買い物があったからな」
「そっか。せっかくだから、どこかで何か食べて行こうか」
「それはいい。この近くでいい店を知っているんだ」
 リアランドがその会話に割って入った。シャーロックは呆れ顔で言った。
「父さん、仕事があるでしょ。早く帰りなよ」
「冷たいな。お前がそんな冷たい人間になってしまったなんて知ったら、天国の母さんが何と言うか」
「馬鹿なこと言ってないで、帰った帰った」
 リアランドはしぶしぶとその場を立ち去った。
「相変わらずの親子だな」
「まあね。じゃ、行こうか」
 こうして二人は、この街で馴染みの店に入った。
「しかしお前、学術会になんて出ていたんだな」
「あれ、言わなかったっけ?」
「いや。さっき、お前の所に行ったら親父さんに教えられた。それで一緒に来たんだがな」
 彼の名はラウェル・ジェストリア。シャーロックと同じくスフィッツオに住む青年である。年齢はシャーロックより四つ上。少し長めの髪を後ろで束ねている。フードの付いた白い服を着て、首や手首には何本かの紐を付けている。腰も同様に、帯のように何本もの紐を巻いている。昨年まで学生として魔法を学んでいた。その時にシャーロックと知り合い、現在は魔法研究所の研究員を務めている。
「そっか、悪かったね」
「ま、別に構わないが。こうして会えたんだし」
「それで、何か用だったの?」
「いや、買い物ついでに顔を出しに行っただけだ」
「何、買ったの?」
「いつもと同じさ。魔法用の石とか触媒とか、後は浄紙だな」
「浄紙?」
「徳の高い神官が作った魔法用の紙だよ」
「見せて見せて」
 シャーロックは興味深そうに言った。彼自身は魔法の勉強をした訳ではないが、強い関心を持っており、いつかはちゃんと勉強してみたいとも考えている。
「ああ。…どこにしまったか」
 ラウェルは懐から袋を取出し、その中身をテーブルの上にぶちまけた。様々な宝石、針、石、紐や布切れ、干からびた蛙や蛇…。一見するとガラクタのようだが、どれも魔法に必要なものなのだろう。ラウェルが探し物をしている間、シャーロックはその奇妙な品々を手に取って眺めている。そうしてシャーロックがまじない紐のうち一本を引っ張っている時に、ラウェルは布切れに混じっていた何枚かの紙を取り出した。
「ああ、あった」
「へえ、これか」
 その紙を受け取ったシャーロックはしげしげと眺めた。大きさはそれほどでもないが普通の紙よりも多少、厚い。色もどこか、黄色がかっているようだ。
「で、どうだった?」
「何が?」
 ラウェルにそう尋ねられても、シャーロックは浄紙を観察しながら答えた。
「学術会だよ」
「ああ、そのことね。色々あって面白かったよ」
 シャーロックは紙を返しながら答えた。
「君も魔法学で参加すれば良かったのに。研究所でそれなりの成果をあげているんだし、資格はあると思うよ」
「いや、でもウチの研究所は民間だからな」
「そんなの関係ないでしょ。官の方が必ずしも優れている訳じゃないし。何なら次の学術会、推薦しておこうか?」
「考えておくよ。それよりも、色々あった、って何だ?」
「登陽からね、面白い人が来ていたんだ」
「ほう。お前が面白いというなんて、どんなヤツだ?」
 ラウェルは興味をひかれたようで、身を乗り出して尋ねた。
「政治学専攻みたいだったけど、すごい進んだというか、変わった考え方をしていたね。貴族が政治を執るのはおかしいってさ」
「学術会でそんなことを言ったのか?」
「うん」
「そりゃすごいな。非難の嵐だったろうな」
「まあね。それとね、彼と一緒にいる時に例の一味に襲われかけたんだけど、彼が雨を降らせてくれたみたいで上手く撒けたよ」
「雨を降らせた?偶然じゃないのか?」
 自身が魔法使いであり、魔法の研究者でもあるラウェルは、ローレンスの話を聞いて不審に思った。
「でも体から銀色のオーラが出てたよ。だから魔法を使ったんだと思っていたけど」
「雨を降らせられるとすると強力な魔法使いだな。魔法学もかじっているのか?」
「相当に頭が良さそうだったからね。もしかしたら政治学だけじゃなく他にも色々とやっているかもしれない」
「お前の言う通り、面白いな、そいつ。次の学術会でも来るだろうか」
「そりゃ分からないけど」
「行ってみるか」
「じゃ、次の時は推薦しておくよ」
 そうして話をしているうちに、注文した料理が運ばれて来た。二人は話を中断して、それを食べ始めた。

光明達が洛那城に移ってから数日が経っていた。この城に入ってから、翔には個室を与えられていた。とは言っても、寝る時以外は常に誰かが一緒にいたが。おそらく護衛と監視を兼ねてのことであろうが、光明から今後は個室になるという話を聞いた時に、一人で手持ち無沙汰になってしまうことを心配していたため、この処置はかえってありがたかった。
その監視役は南雲か風魔であったが、割合で言えば風魔の方が圧倒的に多かった。翔はこの男が苦手だった。自分から口を開くことは一切ない上に、こちらから何かを話し掛けても必要最低限のことしか答えない。思考や性格がほとんど見えないのだ。南雲といる時には南雲の方から翔に対して日本のことを色々と聞いてくる。これはちょっと意外だった。初めの頃はそのいきさつもあって南雲に対して良くない印象を持っていたが、話をしているうちにだんだんと打ち解けてきた。しかしこの風魔だけは、会話らしい会話がないために彼がどういう人間なのかが分からなかった。特に仲良くなりたいと思った訳ではないが、最も長い時間、一緒にいる人間ならばせめて普通に話をしたいと翔は考えていた。
「なぁ、何であんたの時が多いんだ?…いや、別にあんたがいやな訳じゃない。ただちょっと思っただけなんだが」
「命令でそうなっている」
 万事がこの調子である。翔は溜息をついて窓の外を見たが、ちょっと思いついて聞いてみた。
「あんたも宝石を持っているのか?」
「賢者の石のことか。ああ、持っている」
「ちょっと見せてくれないか?」
「断る。無闇に人前に晒すものではない」
「人前にって言ったって、ここには二人しかいない。それに俺も、ええと…、そう、十二神将の一人なんだろう?だったら構わないじゃないか」
 風魔はしばらく考え込んでいたが、やがて懐から一つの宝石を取り出した。それは真珠のような光沢を持つオパールであった。窓から差し込む光を浴びてその珠は白、緑、紅と様々に色を変えてゆく。翔はしばらくその宝石に見入っていた。
「もういいだろう」
「ちょっと待ってくれ」
 オパールを懐に戻そうとする風魔を止め、翔は首から下げていた自分のペンダントを取り出してその宝石に近づけた。するとやはり、二つの宝石は強い輝きと甲高い音を発した。
「ありがとう。もういいよ」
 二人とも宝石をしまうと、翔は先程ちょっと気になったことを尋ねた。
「賢者の石っていうのか、これ」
「ああ」
「具体的に、どういうものなんだ?ただの宝石じゃないってことはわかるが」
 翔が尋ねると風魔は黙ってしまった。答えたくない、あるいは答える必要がない、というよりは慎重に言葉を選んでいる風だった。だから翔も、大人しくその答えを待った。
「賢者の石は主に二つの役割がある。一つは魔法を強化するため。もう一つは記憶を留めておくため」
 それを聞いて翔は面食らった。
「魔法?記憶?…何だか余計に分からなくなった」
「だろうな。だが、いずれ分かる時が来る」
(ということは、これ以上、説明をする気はないということだな)
 翔は深く追求しても無駄だと考え、更なる説明を求めようとはしなかった。その代わり、一つだけ気にかかったことを聞いた。
「この世界には魔法があるのか?」
「そうか、アースにはなかったのだな」
「いや、あったのかもしれないけど、少なくとも俺は本物を見たことはないな。魔法ってのは、どんな感じのものなんだ?」
「たぶん、お前が創造している通りのものだ」
「何もない所から火を出したりとか、空を飛んだりとか?」
「そういうこともできる」
「なるほどね」
 これまで翔が出会ったこの世界の人間で、魔法らしきものを使った人間はいなかった。ということはおそらく、特殊な訓練なり練習なりをした者のみが使えるものなのであろう。
「練習すれば俺にもできるのか?」
「賢者の石を持つ以上、できるはずだ」
「どうやるんだ?」
「今のお前に教えるのは時期尚早だ」
 この話もどうやらこれ以上は進まないらしい、と翔は思った。
「じゃあ…」
また他のことを聞こうとしたが、風魔はそれを遮った。
「もういいだろう。あまり他のことに気を取られると、護衛に支障が出る恐れがある」
もう風魔は話に付き合ってくれそうにはなかった。だが、これまで全然しゃべらなかった風魔が今日は珍しく色々と話をしてくれたし、重要とも思われることも聞いた。それになにより、風魔がこれまでほとんどしゃべらなかったのは、自分の護衛を真剣にしてくれていたからのことだと分かった。命令でそうしているだけなのだろうが、それでも翔はその真剣さに好感を持つと同時に、頼もしさをおぼえた。

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