第六章 対立−二つの朝廷

第一話 宣言

ローレンスは家庭教師の仕事が休みの日には、街へ出かけることが多い。それは今まで住んでいたラードルールとは違う空気、違う匂いがするこの街を歩き回るのが好きだったからだ。彼は世界中の国々を回るつもりでいたから、いずれはこの国を離れることになる。それまでにこの国でなるべく多くのことを見て、聞いて、そして感じておきたいと思っていた。そういう理由もあって、時間がある時には外へと出るようにしていた。
 その日も彼は、家庭教師の仕事が休みであったため、街へ出ようと考えていた。特に今日は、『カード』の事に関してファクトと火浦に会う約束があった。昼前、そのために服を着替えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「お客さんだぜ」
 ジャックがドアを開けながら入って来た。その後ろには、青い髪をした少年が立っている。ローレンスはその姿を見て、思わず声を上げた。
「殿下、一体どうされたのですか?」
 彼を連れて来たジャックも目を丸くしている。王宮にいる時と比べ、いくぶん質素な服を着ていたためにジャックも気が付かなかったのだろう。
「殿下って、…王子様か?」
 そんなふたりの様子はお構いなしにエアルスは朗らかに挨拶をした。
「こんにちは、先生」
「今日は芸術科目の授業ではなかったのですか?」
「先生に何か急用ができたとかでお休みになったんです。ですから、先生と遊びたいと思って来たのですが、…お出かけするところみたいですね」
 ローレンスの様子を見て、エアルスは残念そうに呟いた。
「そうですよね、突然来られても先生にもご都合があるでしょうし…」
 そんなエアルスの表情を見てローレンスは思わず言ってしまった。
「いや、特に用事がある訳じゃないから、構わないですよ」
「本当ですか?」
 エアルスは明るい声でそう問い返す。その様子を見てローレンス自身も何となく嬉しくなった。
「ええ。大した用事じゃないですから」
 ローレンスはにこやかにそう答えながら、
(二人には後で謝っておこう)
と、考えていた。
「じゃあ、王子様の口に合うかどうかわからんが、お茶でも入れてくるかな」
 そう呟くとジャックは階段を降りて行った。その様子を見送ってからローレンスはエアルスを部屋へと招きいれた。差し出された椅子に両足を揃えて背筋を伸ばしてエアルスは腰掛けた。
「で、どちらかへ行かれますか?」
 『遊びに来た』と言われても、自分とは十ほども離れた子供と遊んだ経験などはない。何をすればいいのかも分からなかった。するとエアルスはポケットから何かを取り出した。
「実は、これを教えて欲しいんです」
「アッツェですか」
 エアルスが手にしていたのはカードの束であった。主にラードルールを中心として庶民の娯楽として広く知られたアッツェと呼ばれる、様々なゲームを楽しめるものである。庶民の遊びではあるが、ローレンスは頭を使ったり駆け引きを行ったりするこのゲームが大好きだった。
「駄目、…ですか?」
「いや、構いませんよ。で、何をしましょうか」
「イフィールを教えて欲しいんです」
 イフィールとは二人で楽しむゲームで、カードを三等分し、それぞれのプレーヤーの山、そして中央の山に分けて行う。そして手札として自分の山から七枚のカードをめくり、その後は互いに中央の山をめくって自分の手札とし、それらを使って相手の山を減らしていくものである。
「イフィールをやったことは?」
「ちょっとしかないんですけど、おおまかなルールは分かります」
「それじゃ、実際にやってみましょう。覚えるにはそれが一番早い」
 そう言うとローレンスは慣れた手つきでカードを切り始めた。
(そう言えばあの二人に次の『カード』対策のことを話そうと思っていたんだよな)
 そんなことを考えながら作業を続けた。そして山を分け終えて準備が整い、二人はそれぞれ自分の山から七枚のカードを引いた。その後、中央の山から六枚を引き、場に置いた。
(悪くない組み合わせだ)
 エアルスが中央の山から一枚を引き、ゲームは開始された。そして互いにカードを引きあっていく。しかしゲームはすぐにローレンスの圧勝で終わった。その後、何度か繰り返したが、終了までの時間が違うだけでいずれもローレンスの勝利であった。
「先生、強いんですね」
「これでも手加減しているんですよ。まあ、イフィールは得意ですから。昔、兄さんとよくやったものです。今でも友達とやって負けたことはないですよ」
「そんなに?じゃあ、先生ならあの人に勝てるかも…」
「あの人?」
「ラードルールから来たとかいう旅人なんですけど、イフィールで王宮の人は誰も勝てなかったんです」
 それを聞き、ローレンスはちょっと不思議に思った。
「どうして旅人が王宮の人と?」
「城下町で負けなしの人がいるって評判になってて、父さんがそれを聞いて呼び寄せたんです。父さんもイフィールが大好きですから」
(わざわざ城下から?物好きな王様だな)
「それで、僕が倒してやろうと思って…」
「で、私の所へ来たわけですね。どうして王宮の人に教わらなかったのですか?できる人はたくさんいるでしょう」
「今から始めたら誰だって僕が挑戦するつもりだって思うでしょう。そうしたらきっと止められます」
「なるほど。しかし、その人がどのくらいの強さかは分かりませんが、覚えたてで勝てるほど簡単なゲームではありませんよ」
「やっぱりそうですよね…」
 そんなエアルスの暗い顔を見て、ローレンスは放っておけなくなった。
「誰が倒しても良いのですか?」
「えっ?」
「私でも良いのですか?」
 その言葉を聞いてエアルスの表情は目に見えて明るくなった。
「…構わないようですね。それじゃあ、明日にでも」

 新天皇が即位してから数日が過ぎ、祝賀のために陽登を訪れていた諸外国の使節団の中にはもう帰る者もあった。忙しく動き回っていた宮中の人々も、状況が落ち着きを見せたこともあって安心し始めていた。阿部の後任として神楽が摂政に任命された時、世間は十条派との政争を予想したが、十条派に何の動きも見られなかったためにさしたる混乱もなく、表面上は阿部がいなくなったことにより貴族達の位が一つずつ上がっただけであった。こういった要因も、人々を安心させる材料の一つであったことは間違いないだろう。そうして状況が定まってくると、人々は新たな権力者に取り入ることばかりを考えていたため、阿部と前天皇がどこで何をしているかなどは気にも留めていなかった。ただ、前天皇が上皇として陽京の南の外れに宮を建設する計画がある、ということが読売で少しばかり触れられただけであった。
 そんな人々とは正反対に、幕府の中は非常に忙しない状況であった。もちろんこれは来るべき時に備えての準備のためである。幕府は各地に宣書を持たせた使いを放ち、その時が訪れたならば即座にそれを公表できるようにしていたのだった。そして祝賀の使節団が全て引き払った時、それは始まった。光明は小早川と共に天皇への会見を申し込んだのだった。
 会見は二人が拍子抜けするほど簡単に認められた。あるいは幕府が新しい天皇に媚を売りに来たのかと考えているのかもしれない、と小早川は思った。
「これは光明様に小早川殿。陛下へのご挨拶ですかな?」
 二人は謁見の間に通されたが正面には天皇の姿はなく、本来、天皇が座すべき場所に神楽が座っていた。光明はこの神楽という男と会うのは初めてだったが、その第一印象はにやついた大福というものであった。丸々と太った体。白い肌。まさに大福と表現するのが相応しい。その両脇には太政大臣になった榊、そして右大臣になった京極が座っていた。神楽も今回の一件で左大臣となり、摂政に任命されてはいたが、それでも位で言えば榊、京極よりも下のはずである。それなのに両者とも神楽を咎める様子がないことから、神楽の、というよりも阿部の根回しが十分になされていることが分った。
 光明はその様子を不快に感じながら見ていたが、隣で小早川が深々と頭を下げると、続いて頭を下げた。
「しかし将軍本人ではなく光明様とは。…いやいや、若い陛下をこれからお守りしていかれるのは、次期将軍の光明様ということになりましょうから、かえってこの方が良いのかもしれませんなぁ」
 神楽はあくまで上機嫌であった。どうやら阿部や上位の大臣達から将軍の死については聞かされていないらしい。そのことから光明達は裏で糸を引いているであろう阿部が、神楽をどのように扱っているのかを窺い知ることができた。光明は神楽の言葉を聞いて軽く笑うと、大きな声で言った。
「実は今日は、お伝えしたいことがあって参りました」
 それだけ言うと光明は小早川を目で促した。神楽は笑みを浮かべて座ったままである。小早川は軽く頷くと懐から一通の書面を取り出した。包み紙には『宣』と書かれている。その紙を静かに開くと、よそには一瞥をくれることもなく中の紙を広げて読み始めた。その内容は次の通りだった。
『現在、白成天皇を名乗る沖宮皇子の天皇即位に関し、河添上皇、並びに幕府はこれを承服しかねるものである。沖宮皇子は司月天皇の直系なれど、そもそもが司月天皇は当時、国祖たる神喜天皇の直系に男子がなかったために仮初にその位を預かっていただけのものである。ならば国祖の直系たる河添上皇に男子ある今、その男子たる能信皇子こそが新しき天皇に相応しき人物であると言える。これをおして沖宮皇子を能信皇子より上位の第一継承者としたことは、己が一族を正統とせんがための司月天皇の策略によるものであることは明白である。そしてこの継承権をもって沖宮皇子が皇位に即位することは、すなわち簒奪にも等しき行為である。沖宮皇子は直ちに皇位を返上し、能信皇子こそを新しき天皇とすることを上皇、並びに幕府は望むものである。これが適わぬ場合には幼き能信皇子に代わり、然るべき措置をもって皇位を汚す輩を排し、そのあるべき姿を取り戻さんとすることこそが真の帝に忠誠を誓う幕府の果たすべき使命であると心得ている。』
 小早川は読み終えると、その書を神楽へと向けて言った。
「上皇の皇押もございます。検めくだされ」
 始めは上機嫌であった神楽も、小早川が宣書を読み進めるごとに顔色が変わっていった。そして今、青い顔をしてそれを見つめ、上皇の皇押、そして東山の花押、共に間違いないことを確認すると、体を震わせて何かを言おうとしていた。しかし光明は神楽が声を発するよりも先に追い討ちをかけた。
「これと同様の物を各大名には届けてあります。『皇位の正しき姿を取り戻すことを望む者は我に続くべし』と添えて。若い陛下をこれからお守りしていくのは、私ということになりましょうからなぁ。もちろん、帝の忠実なる臣たる太政大臣、左右両大臣にもご賛同いただけましょうな?」
 榊、京極は軽く笑って頷いた。ただ神楽のみが
「いや、その、それは…」
と、言葉を濁らせていた。
「ともかく、陛下にお伝えしなければ…」
 神楽がこの場を逃れるようにそう言うと、小早川は鋭い声で咎めた。
「神楽殿、陛下とはどなたのことですかな?我々、陽登に住まう者にとって陛下と呼ぶべき方は一人しかいらっしゃらないと思われますが?」
 神楽は声を詰まらせて唸るだけであった。その様子を見て榊は独り言のように呟く。
「さてさて、いかがなさいましょうか。確かに上皇の言われるように現在、沖宮皇子は白成天皇を名乗っておられますが、国祖の嫡流ではありませんからな。ここは一つ、後見人たる神楽殿が沖宮皇子を諭されるのが良いのではないかと思われますが」
 榊は幕府側の主張に合わせてそう言ったが、本来ならば皇位継承権は対象となりうる者の誕生順に与えられるものである。現在の河添上皇が皇位を譲る時には天皇の直系は誰もおらず、第一継承権を持つ司月天皇が即位することとなった。その時点で司月天皇の子供である沖宮皇子が第一継承権を得たのである。それ故に、その後、上皇の子として能信皇子が生まれたが、その際にはすでに第一継承権を持つ者があったため、第二継承権を与えられたのである。これまでは天皇は直系でしか存在しなかったため、こういったケースは初めてのことではあったが、典範に則って解釈すれば上皇と幕府の言い分は無茶なものなのである。幸か不幸か神楽にはそれを思い立つだけの器量も才覚もなかったため、ただただ困惑するだけであった。榊もそれを分かっていたため、敢えてそう言ったのであった。
「まあ、色々と準備もございましょうから、五日間の猶予を設けましょう。それまでに公式の発表をされるよう、お願いいたします。我々もあまり事を荒立てたくはありませんから。ことに諸国の大名達は、戦のなくなりつつある世の中で持て余しているものもございましょうから、いざ戦、ということになれば、どのようなことになってしまうか、想像もつきませんからな」
 そうやって小早川は神楽に脅しをかけて、光明と共に退室していった。

 目が覚めるとラナンは医務室のベッドの上にいた。傍らにはミーナが座っている。
「気が付いた?」
「ああ。…しかし大袈裟だな、こんなところに寝かせるなんて」
「まあね、私もそう思う。でもルノーが『疲れているだろうから、ついでに寝かせてやれ』ってここまで運び込んだのよ」
「あいつはああ見えて気を遣う奴だからなぁ」
 上体を起こして髪の毛を掻き揚げながらそう呟く。
「寝てれば?せっかく気を遣ってくれているんだし」
「お前も一緒ならいいよ」
「バカね。そんなことしたら余計疲れるでしょう」
「…下品だなぁ」
「そっちが振ったくせに。それにこういう人間にしたのはあなたよ」
 ラナンの言葉を軽く受け流すとミーナは立ち上がった。その後姿を見つめながらラナンは呟く。
「まあいい。船を直さなきゃならんからな。俺も起きるよ」
 布団を跳ね上げて靴を履く。ミーナは振り向いてその様子をじっと見つめている。ラナンはそれに気付いて尋ねた。
「何だ、どうかしたのか?」
「うん、船のことなんだけど…」
 ミーナの口調から話の内容は良くないものであることは用意に察せられた。だが聞かない訳にはいかない。
「どうした?」
「ニナの話によれば、転移ができないのはFRバッテリーから転移装置へのコネクターに取り付けてある回路の一部が焼き切れているかららしいの」
 聞いてはみたものの、機械は簡単な整備程度しかできないラナンには良く分からなかった。
「どういうことだ?」
「つまり転移用のバッテリーにエネルギーが溜まらない、ってこと。これ以上のことはニナに聞いて」
 ラナン達がブリッジに行くと、ニナはモニターとにらめっこをしていた。他には誰もいない。正面のモニターにはNOAHの全体図が映し出され、その一部が円で囲われている。おそらく、左手のモニターに映っているのがその部分の拡大図なのだろう。
「そこが故障した回路か?」
「ええ、そうです。もう起きても大丈夫なんですか?」
 ニナは背を向けたまま答えた。
「別に病気でもないし。それより、その回路を直せば済む話じゃないのか?」
 ニナはやはり背を向けたまま首を振った。
「モニター見て分りません?あんな複雑な回路、専門家じゃなきゃ手に負えませんよ。この図面にもあの回路があるっていうだけで、その構造まで細かくは記されていませんから、どうなっていたのかも分りませんしね。まあ、はっきり言うとお手上げです」
 真面目モードのニナがそう言うぐらいなのだからよほど深刻なのだろう、とラナンは思った。
「そうか」
 しかし彼にはそう答えることしかできなかった。
「でも転移以外の機能は基本的に通常通りに動きますから、まだマシですね」
「じゃあ通信はできるのか」
「ええ、ちょっと接続が遅くなりましたけど」
「遅くなったって、もう試したのか?」
「本社に連絡して回路を届けてもらうように頼みました」
 それを聞いてラナンは胸を撫で下ろした。
「なんだ、それなら待っていればいいだけじゃないか。で、いつ頃届くって?」
「さあ?この船のための特注品だから、スペアなんてないんですよ。これから作るみたいですから、いつになるかは分りませんね」
「そんな…」
 ラナンが不平をこぼした時、通信のコールが入った。ミーナがそれに応じてスイッチを入れると、正面モニターの映像が切り換わって女性の姿が映し出された。
「ニアノ君はそこにいるか?」
「は、はい」
 モニターに映ったのはラナンの直属の上司であるマルチナ・エリル中佐であった。部屋の様子から察するに、中佐の個室からの通信らしい。肩まで伸ばした艶やかなプラチナブロンドの髪が顔に掛かるのを払いのけながらマルチナは言った。
「今、アルケンから連絡があったのだが、トラブルが発生したらしいな?」
 抑揚のないその喋り方は、部下を心配しているのかそれとも失態を怒っているのか、はたまた特別何も感情などは抱いていないのか察することはできなかった。
「ええ、ちょっと転移ができなくなりまして」
「らしいな。ウチからもなるべく早く部品を届けるようには言ってある。ところで、これまでの報告によれば魔神三体と遭遇したが、一機も撃墜できていないようだが。時間が掛かり過ぎではないのか?」
 簡単にそう言ってのける上司にラナンは多少の不満を持って答えた。
「魔神のスペックは相当なものです。正直、正面から当たっては我々の機体で一機でも撃墜できるのかどうか疑問です」
「96番コロニー事件やエウリピ・アデスを治めたクルセイダーズのリーダーとは思えない言葉だな。…確かに私も現場にいる訳ではないから何とも言えないが、報告では信じられないほどの性能を持っているように書かれている。本当にこれほどまでのものなのか?」
「はい。ですので、一度そちらに戻って本格的な対応を検討すべきだと考えていたところです。もっとも、船がやられてダメになってしまいましたが」
「なるほど。で、これからどうするつもりだ?」
「まだはっきりとは決めていません」
 それを聞きマルチナは何やら考え込んでから答えた。
「そうか。ならば今後の行動はリーダーである君に任せよう。ただし、故障したパーツが届いてもこっちは戻って来てはならない」
 予想外の言葉にラナンは思わず叫んだ。
「ちょっ、…どういうことですか?」
 マルチナは椅子を回転させ、横を向いて答えた。
「大統領府の意向だ」
「大統領府?」
「民和党がうるさいらしくてな。何の成果もないまま君達を帰還させる訳にはいかないんだよ」
 民和党とは世連議会の中で現在の最大議席を誇る政党である。これまでラントは何度かエンジェルによってその平和を脅かされてきた。そのため世界平和を第一に掲げる民和党にとって、エンジェル壊滅は最も重要な問題であり、議会においてエンジェルへの対応について毎回必ず質問がされるほどであった。それはエンジェルがラントを去っても変わらなかった。現在の世連大統領が属する共政連合は、ラントへのエンジェルの脅威がなくなった今、それほど熱心に対応をするほどのこともないと考えていた。しかしもちろん、表立ってそのようなことは言えるはずもない。そこでエンジェルが関わった事件を手がけたクルセイダーズを送り込み、一応の対応策としたのであった。ここでラナン達が戻るということは、民和党に攻撃の機会を与えることになる。特に議会の開催が近い現在では、慎重に対応せざるを得ない。それぐらいのことは政治に疎いラナンにも良く分かっていた。
「これだから政治家ってやつは…」
「そう言うな。これもシビリアンコントロールのうちだと思いたまえ」
「シビリアンコントロール、ですか。管理能力のない人間に管理されるほど悲しいことはないですよ」
「君の気持ちも分からんではないが…。そこまでにしておきたまえ。その考えはクーデターにも繋がるぞ」
 この時もほとんど無表情であったため、上司が真剣にそう考えているのかどうか分からなかったが、ラナンは一応のフォローをしておいた。
「そんな大それたことは考えちゃいませんよ」
「だろうがな。とにかく、何か成果を挙げられれば一番いいんだが…。まあ、次の議会が終わるまで我慢してくれたまえ」
「了解です」
 そう言うとラナンは通信を終えた。

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