第六章 対立−二つの朝廷

第四話 予期せぬ再会

 光明が去り、風魔が去った後、翔はこの数日と同じように出されたままに食事を食べていた。いくら帝国の皇子を救ったとは言え、現在は幕府に対して翔は何もしていない。それなのにこのように当たり前に三食を用意されていることに肩身の狭い思いはあった。ましてや光明にあのような言葉を叩き付けてしまったことを思い返すとなおさらである。また、その光明に『一介の食客』と言われたことも関係していたかもしれない。しかし今はそれよりももっと気になることがあった。風魔のことである。
(一体、風魔は俺に何をさせる気だ?)
もちろんそれは阿部を討ちに行くということであろうが、自分がその役に立つとは思えなかった。夜に迎えに来るということはおそらく二人での行動となるだろう。しかもその手段は暗殺に違いない。日本で生まれ育った翔には今ひとつ、実感の湧かない話ではあった。
 食事を終えると、すぐに係の者が食器を片付ける。それくらいは自分でやりたいくらいだが、そうするとこの男の立場がなくなるのだろう。翔は黙ってそれを見ていた。
「今夜は少し冷えますので、火を入れますね」
 そう言うと翔より少し年上と思われるその男は何やら呟き始めた。翔は不思議に思いながらそれを眺めていると、やがて男の手のひらに小さな火が現れた。男はそのまま手を火鉢の中に入れた。最初は少し驚いたが、気を取り直した翔の口から思わず言葉が漏れた。
「…魔法、か」
「まあ、この程度のことしかできませんけどね」
 男は笑いながら言った。
「それでは」
 そう言い残して男は部屋を出て行った。この男は何度か食事を運んできてくれたことはあるが、ちゃんと話をしたことはない。人当たりの良さそうな印象を受けたので、やることのない翔にとっては話し相手になってくれれば有難かったのだが、忙しいらしく仕事をこなすといつもすぐに出て行ってしまうのだった。
翔は男が用意してくれた火鉢に近寄って胡坐をかくと、炭の燃える様を眺めながらぼんやりと考え事をしていた。
「食事は済んだな。では行こうか」
 どこからか声が聞こえたかと思うと、正面に風魔が現れた。突然のことに翔は多少、面食らったが風魔は気に留めた様子もなかった。
「出掛けるのだから、火は消しておけ」
 黙ったまま座っている翔を見て、風魔は尋ねた。
「どうかしたのか?」
「どうして俺を連れて行くんだ?」
 立ち上がって翔は尋ねた。
「お前も行くべきだと思ったからだ」
風魔はいつも通り抑揚のない声で答える。
「どういうことだ?」
「阿部を討つべきだと言ったのはお前だ。ならばその言葉に責任を持つべきだろう」
「いや、しかし…」
「それとも、他人がやってくれるのならいいが、自分自身で直接、関わるのは嫌だとでも言うのか?」
 そう言われて翔はドキリとした。そして何も言えずに立ち尽くしてしまった。そんな翔の様子を見て風魔は尋ねる。
「やめるか?」
翔は考え込んでしまった。これまでは、幕府対阿部、という構図で考えていたため、どこか自分とは離れた世界の話のように感じていた。しかし風魔に言われたように、実際に自分が関わってくることを考えると空恐ろしくなってきた。そして自分も『平和ボケ』と言われる日本人の一人であることが実感された。
(だが阿部はすでにその世界に生きているんだ)
 自分にそう言い聞かせると翔は覚悟を決めた。
「やってやる」
 強い意志を込めてそう呟くと、風魔は頷いて言った。
「よし、いいだろう。だが安心しろ。お前が直接、手を下す必要はない。ただし、命のやり取りというものをその目でしっかりと見ておけ。今後のためにもな」
 最後の言葉が翔には引っかかった。
「今後のため、ってどういうことだ?」
「いずれ分かる」
 またこの調子である。南雲もそしてこの風魔も、翔に何かをさせようとしているようだが、いまだにそれが何かは教えてもらえない。だが、風魔の話し振りから察するに、どうやら人の命が懸かってくることもあるということだけは分かった。翔は、とんでもないことに足を踏み入れつつあるのではないだろうか、と今更ながらに感じたが、今はあまり深く考えないことにした。その代わりに風魔に一つ、質問をした。
「それで、どうやってやるつもりだ?おそらく、暗殺を考えているのだろうが、夜とは言え警備だって厳しいだろう?」
「ふむ、さすがにいくらかは頭が回るようだな。しかし心配は無用だ。その点は考えてある」
 そうして翔は風魔と共に宿を出た。
「お前に合わせてやるが、あまりモタモタするなよ」
 そう言うと風魔は歩き出した。
「え、歩いて行くのか?」
「当然だろう。馬車で行って警戒されたいか?」
「それはそうだが、近くまで行ってから歩けばいいだろう」
「この行動は光明様はもちろんのこと、幕府の誰も知らない。使える馬車などはないということだ。こんな時間では貸し馬車もやっていないしな」
 よりにもよってこの数日では珍しく冷え込む夜を呪いながら、翔は上着のファスナーを閉めた。そして、どう見ても翔より薄着なのに何も言わずに歩いている風魔の後を感心しながら追いかけていった。

 屋敷に戻って来たライルは大きく溜息をついた。彼の心はやはりミュウのことで一杯であった。彼女に悪い印象を与えてしまったことはもちろんだが、それ以上に彼女が『他の男のものになってしまう』ことに心を揺さぶられていた。もちろんいずれそうなるであろうことは分かっていたことだし、だからこそ見合いの話を受けたのであったが、それでもやはり改めて彼女の口から聞かされると自分で思っていた以上にショックであった。だが、自分の想いが叶わず望まぬ相手との結婚しなければならない、という意味ではミュウも彼と同様、つらい思いをしているはずである。それも分かっていたはずなのに、自分の感情のままに動き、彼女を慰めることもできなかった自分に嫌気が差し、いっそ消えてしまいたい気分になった。再び大きく溜息をつき、窓辺に目をやるとミュウが選んでくれた鉢植えが視界に入る。そしてまた、締め付けられるように胸が苦しくなるのであった。
「くそっ」
 思わずそう呟いた時、ノックの音がした。
「いるのか?」
 父親の声である。
「ああ」
 素っ気無く答えるライルとは対照的に、ドアを開けた父親は陽気な笑顔を見せた。
「さっきまで出掛けていたようだが、どこに行っていたんだ?」
「別に」
 ライルが面倒臭そうな答えから大公は様子を感じ取ったらしく尋ねてきた。
「何かあったのか?…まさか今更、あの話は気乗りがしないというんじゃないだろうな」
「そんなことはないよ」
 自嘲気味に笑いながらライルは答える。その答えを聞いた大公はベッドに腰掛け、不安気な表情から真面目な顔つきになって言った。
「そうか、ならいいが…。何しろ向こうも明日にはこちらに到着する予定だからな」
「明日?」
「ああ、そうだ。式の準備も進めなくてはな。東園宮ではもう、飾り付けを始めているぞ」
「あんな広いところでやるのか?」
「公子とラードルール一の大貴族の一人娘の結婚式だぞ。あそこでも物足りないくらいだ」
 大公は得意気な表情である。東園宮というのは大公家が所有するイベント用ホールの一つである。一万五千人以上を招くことができ、外国からの来客のための宿泊施設も備えた大施設である。
「あんまり派手にしてくれるなよ」
 ミュウとそしてまだ見ぬ結婚相手の双方に後ろめたい気持ちがあったライルは思わず言った。が、父親は大声で笑った。
「何を照れている。ラードルールの、いや、全世界の歴史でも類を見ないような式にしてやるぞ。来賓も国内外から大勢呼び寄せよう」
 そこまで言ってから大公はふと気付いた。
「残念だが、イトゥーリオ公子はおそらく出席できないだろうな」
「ああ、そうか。来るとしたら大公と、あの三男坊か」
 そう答えながらライルはローレンスのことを思い出していた。
(あいつ、どうしているかな。今はどこにいるのか知らんが、俺の結婚を知ったら何と思うだろうか)
 ミュウ当人にさえ告げていない彼の想いを知っていたのはローレンスのみである。その事を思い出し、そんなことを考えた。
「ま、いずれにせよ明日、先方は到着するから、どこにも出掛けるんじゃないぞ。本人はもちろんだが、親御さんにもしっかり挨拶をしておくんだ。何しろ一人娘をもらおうっていうんだからな」
 そう言われてライルは気になった。
「さっきも言っていたけど、一人娘なのか?」
「ああ、そうだ。前にも言ったはずだが」
「そうだっけ。しかし、一人娘を嫁に出して大丈夫なのか?バランタイン家はどうなるんだ」
 当然の疑問である。相手は一人娘、ライルも唯一の公子であれば、跡を取る者がいなくなってしまうのだから。
「しばらくはそのままだ。現当主の伯爵が引き続き統治する。しかし伯爵が引退した後は、バランタイン領は大公領になる」
「じゃあ、バランタイン家は当代限りということか。それで先方は納得しているのか?」
「貴族として続くことよりも、大公家の血に入ることを選んだというだけのことだろう。名はなくなっても、血筋としては一段上のものとなるからな。それに、気に入るような婿もいなかったようだしな」
「ふうん」
「唯一、気に入ったのがお前だったらしい。それで家をなくしても嫁に出す気になったのかも知れんな」
「はぁ、それはそれは光栄なことで」
 何の感情も込めずにライルは椅子を揺らしながらそう答える。
「あんまり向こうに変な態度は見せるなよ。それよりも先方から葡萄酒が届いている。夕食の時に出させるから、ちゃんと味わっておけ」
「ああ、そう言えばバランタインは葡萄酒で有名だったっけ」
「そうだ。広大な葡萄畑と腕の良い職人を何人も抱えている。バランタインがあそこまで大きくなったのも、葡萄酒のお陰と言っても過言はではないだろう」
「そのぐらいは知っている。領主直轄で酒造をしているのは、あそこぐらいのものだし」
「ほう、ちゃんと勉強はしているようだな。いいことだ。まあ、くれぐれも失礼のないように頼むぞ」
「そう心配しなくていいよ。こっちの方がビクビクしてたんじゃみっともない。これじゃあ、どっちが大公家なんだか」
「そうだな。嬉しくてつい、な」
 そんな父親の顔を見ていてライルは、
(まあ、これで良かったのかもしれないな。ミュウのことは、…もうしようがない。早く忘れてしまおう)
と思った。
「それで、今さらだけど俺の相手はどんな人なんだい?」
「肖像画を渡しただろう」
 大公は呆れたような顔をした。ライルは見ていない、とも言えず、取り繕うに言った。
「いや、そうじゃなくて、その…、人柄とかそういうのは?」
「ん?そうだな…。私も直接、会ったことがある訳じゃないが、『フィナンセ姫』と呼ばれていて、フィナンセの花に例えられるくらいだからきっとしとやかで上品な娘なんだろう。まあ、バランタインの一人娘じゃあ、深窓の令嬢といった感じだろうな」
「ふうん」
「いずれにせよ明日になれば会える。今日は早めに休んでおけ」
 そう言うと大公は立ち上がって部屋を出て行った。
(深窓の令嬢、か。世間知らず苦労知らずのお嬢様ってところだろうな。まあ、そういう方がかえっていいのかもしれないな)
 帰って来た時にはかなり沈んでいたが、父親と話しているうちに気分が落ち着いてきたようであった。ライルは昨日の続きを読もうと、本棚からセレンド・レネアの本を手に取った。そして分厚い本のページをめくってしおりを見つけた時、ふと思い立った。
(そうだ、肖像画くらいは見ておかないとな。たまたますれ違って誰だか分からんではまずいからな)
 そして小姓に命じて、しまってあった肖像画を持ってこさせた。
(まあ、こんなものは大してアテにならないものだ。美化されて描かれているに決まっているからな)
 そんなことを考えながら、壁に立てかけられた絵の方へと向き直った。彼の身長よりもやや小さな額の中には、白黒で描かれた美しい若い娘の姿があった。整った輪郭、高い鼻に形の良い唇、切れ長の目、綺麗に結い上げられた髪。確かに美しいが、生気の感じられない澄ました表情は、まるで石像をモデルに描いたかのようである。このような紋切型の美女ではなおさらそう感じられる。
(表情のついていない絵なんて、ますますアテにならんな。きっとこの画家、誰を描いても同じ顔になるんだろうな)
 そしてライルは再び小姓を呼んで絵を片付けさせた。肖像画の出来栄えに多少、失望した彼は気を取り直してレネアの本を再び手にし、夕食の時間を待つことにした。

 ラナンとニナは、開始から幾度かの休憩と睡眠を挟んできっかり八十時間後に艦の点検を終えた。そしてニナに礼を言って休むように指示を出すと、他のメンバーをブリーフィングルームに集めた。
一番に来たのはルノーだった。
「点検は終わったのか?」
「ああ、今さっきね。ニナは休ませている」
「そうか」
それだけ聞くとルノーはみんなの飲み物を用意するため、給湯室へと向かった。特にラナンの方から頼んだりした訳ではないが、いつの間にかこの役目はいつもルノーがするようになっていた。ルノーが五人分の飲み物を持って戻ってきた頃、ペギラも来た。
「ペギラ、お前、目が真っ赤だが何をしていたんだ?」
 コーヒーを渡しながらルノーが尋ねる。
「色々と調べ物をね」
 どうやら休みの間、ずっとモニターに向かっていたらしい。充血した目の下には濃い隈までできている。しばらくするとトレーニングウェアを着たマリエが現れた。
「遅くなってごめんなさい」
最後に湯上りらしいミーナが、タオルで髪を拭きながら現れた。
「みんな揃ったな。まずは報告しておこう。艦の被害状況だが、左舷カタパルトが使えないほかは特に問題はなかった。カタパルトも修理したいところだが、資材がない。今のところは右舷だけで我慢することにしよう」
「しかたないわね。でも大した被害じゃなくて良かったわ」
 そう言ってミーナはコーヒーをすすった。
「で、皆には済まないが、もう少し待機していてもらうことになる」
「またかい?まあ、いいや。今度こそ、休ませてもらおう」
 ペギラがそう言うと、ラナンは頭を掻きながら言った。
「ああ、悪いけど、ペギラだけは俺と一緒に行動してもらう」
「へ?何で俺だけ?」
「訳は後で話す。お前じゃなきゃダメなんだよ」
「ちぇ、疲れてんのにぃ」
「そりゃお前の勝手だ。俺は休んでおけと言っただろう?」
「そうだけど」
 不満気なペギラをよそに、ラナンは他の三人の方へと向き直った。
「ってことで、俺とペギラはしばらく艦を離れる。その間、交代で周囲の状況を確認するように。何かあった場合は、ミーナ、頼めるか?」
「オーケー、任せて」
 ラナンとしては本当は留守中のことはマリエに頼みたかった。というのも、同じ機動課で直接、色々と教えてきた後輩でもあったし、実戦経験も一番豊富だからだ。しかし、マリエはまだ目が覚めたばかりであることを考え、情報処理に長けたミーナを指名したのであった。
「で、先輩。何を思いついたんです?」
 マリエは期待するような目でラナンを見ている。
「いやぁ、そういうんじゃなくって、ちょっと確かめたいことがあるだけだよ」
 そう言ってはぐらかすと、いまだにブツブツ言っているペギラを引っ張って格納庫へと向かった。
「じゃ、行って来るから」
「ニナによろしく言っておいて」
 ホバーバギーに乗り込むと、ラナンとペギラは艦を後にした。

 水飛沫を上げながら進むバギーの中で、ペギラは尋ねた。
「で、どこに行くんだ?」
「ファーン王国」
「それでなんで俺だけ連れてきたんだ?」
「行けばわかるさ」
 軽く笑いながらラナンは答える。
「ここまで来てそれかよ」
 ペギラは今のところはそれ以上、追求するのはやめた。そしてたわいもない会話を交わしていた。しばらくバギーを走らせていると、遠くに陸地が見えてきた。
「見えてきたな」
「ああ」
「それじゃあ、例の像があった場所を教えてくれ」
「像?」
「魔神だよ」
「ああ、あれね」
 ペギラはナビゲーションシステムのリモコンを手にして、かつて四勇者の一人として魔神と戦った場所を目的地にセットした。
「あそこはもう、ただの廃墟だよ。行っても何もないと思うけど」
「そうかもな。まあ、ついでだから行ってみようと思っただけさ」
「ついで?何の?」
 ラナンはそれには答えず、ナビゲーションのモニターを眺めている。答えが得られないことが分かると、ペギラも黙ってモニターを見た。
 しばらく集落も建築物もない荒野を走ると、瓦礫の山が見えてきた。
「ああ、あれか」
「そう。崩れた後、そのまんまにされている。無理もないけどな、あんな巨大な建造物。そもそもこんな所に建築された意味も分からない。イルンの村落だってこのあたりにはなかったんだ。年に何回か、巡礼にわざわざ村中総出が荒野を渡ってやって来たってぐらいだからな」
「ふうん、そうなのか。神の住まう聖地の近くに住むのは恐れ多いと考えたのかもな」
 目的地に着くとバギーを止めてラナン達は瓦礫の山に近づいた。ペギラは倒れて砕けた柱や崩れてしまってもはやその機能を果たさなくなった階段を眺めていた。
「よくもまあ、こんな巨大な神殿を造ったものだ。それも魔神のために」
「イルンにとっては神だったんだろう?」
 しゃがみこんで瓦礫の中から様々な破片を拾い上げ、それを観察しては放り投げながらラナンは言った。
「まあね。でも多分、神殿はイルンが造ったものじゃない。もっと昔からあったものだろう」
「何でそう思う?」
 ラナンは尋ねながらも物色を続けている。
「イルンに伝わる神話とか伝承の中で、あの像の元になったと思われるものが一切出て来ないんだよ。おそらくイルンは何者かが大昔に造ったこの神殿を発見して、あの像に神を見たんだろう。いつ、像を見つけて神と崇め始めたのかは知らんけど、イルンの民達も可哀相だよなぁ。神様に滅ぼされたんだから」
「村落はここから離れていたんだろう?どうやって滅ぼされたんだ」
「魔神が動き出したのは狙ったかのように巡礼の日だったんだよ。イルンの民が集まって神殿の前で祭事を執り行っていた時に攻撃を受けたんだろう。だから村落は無傷のまま残っている。前に行ったことがあるけど、無人の村を見ているとやるせない気持ちになってくるよ」
「そうか」
 相変わらず瓦礫を漁っているラナンを見て、今度はペギラは尋ねた。
「さっきから何をしているんだ?」
「いや、魔神の破片でも落ちていないかと思ってね。でもダメだ。オリハルコンはおろか、ネジ一本見当たらない」
「そりゃあそうだろう。何しろ、パイロットを始末したら途端に魔神はどっかに飛び去って行ったんだからな」
「それは初耳だぞ。魔神を放っておいたのか?」
 咎めるような口調でラナンがそう言うと、弁解するようにペギラが言った。
「仕方がないだろう。モーターフィギュアも持ってなかったし、それにパイロットが死んでるのに動くなんて思わなかったし」
「…そうか。じゃあ、ここにいてもしょうがないな」
 ラナンがそう言って立ち上がると、折れて地面に斜めに突き刺さっている柱の陰で物音がした。
「誰だ!」
 ラナンはすばやく銃を構えて柱の方を見た。
「おいおい、そんな物騒だなぁ。久し振りに会ったっていうのに、そりゃないんじゃない」
 柱の陰から両手を挙げたオレンジ色の髪の男が現れた。
「海老名?何でここに?」
「そりゃこっちの台詞だよ。こんな所にもう魔神は現れないよ」
 ラナンは銃をしまいながら海老名をまじまじと見る。
「本当に海老名だな。しかし久々だな。今まで何をしていたんだ?」
「ちょっと探し物を、ね。それよりこんな所まで何の用だい?」
 ラナンはホバーバギーのエンジンをスタートさせて乗り込みながら答えた。
「ちょうどいい。これからファーンの宮殿に行くんだ。お前も来いよ。ファーンとも魔神討伐以来、会っていないんだろう?」
「へ?ファーンに会いに行くのかい?」
 海老名が何か言おうとする前にペギラが素っ頓狂な声をあげた。
「ファーン、ねぇ。そうだなぁ。会っていこうかな。あの後、ルシアと結婚したらしいね。伝説の四勇者の再会、か。面白そうだね」
 首に巻いたスカーフを整えながら海老名はバギーに乗り込んだ。仕方なさそうにペギラも後に続いて乗り込む。
「知らないぞ。ファーンがどんな反応をすると思ってるんだ」
「ま、ま、いいじゃないの。あの二人の子供の顔を見に行こうよ」
 こうして三人は廃墟を後にし、王宮へと向けて出発した。

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