第七章 動乱−揺れる登陽

第二話 再会の勇者たち

首尾良く『カード』を捕えたファクトと火浦に国王は労いの言葉をかけた。
「よくぞあの『カード』を捕えてくれた。まさかこんな短期間で達成するとはな」
 しかし国王の言葉を受けている二人の表情には誇らしさも晴れやかさもなかった。
「褒めるならロックにしてください。出現位置を特定したのもあいつだし、魔法をかけたのもあいつだ」
 憮然とした表情で火浦は言う。ファクトは何も言わなかったが、彼とて同じ気持ちであろう。当惑する国王はロックの方へと視線を向けるが、彼は何も言わずに両手を挙げて頭を振った。しばらく沈黙が流れたが、火浦達の後ろから誰かが言った。
「正体を見極めたのが例え誰であろうとも、捕えたのは紛れもなくお前達二人だ」
 火浦達が振り返ってみると、意外なことにそれはウォルタークだった。
「経過はどうあれ、実際に身柄を確保したのはお前達だ。他の者であったならば逃げられたかもしれない。これはお前達の手柄だ」
「む、そうだな。その通りだ」
 国王はウォルタークの言葉を受けあった。
「いや、しかし…」
 火浦が何か言いかけた時、後ろからロックが二人の肩を叩いた。
「ま、いいじゃないの。捕まえたのは君達だってのは本当なんだからさ」
「お前はそれでいいのか?」
「いいも悪いも、王国が『カード』に荒らされることがなくなったってことで、僕は満足しているけど?面白い勝負もできたしね」
 本人がそう言うので火浦も何も言えなくなってしまった。国王はその様子を微笑みを浮かべながら眺めていた。すると、後ろから小姓が声をかけてきた。
「陛下、お客様がお見えになっています」
「客?今日は来客の予定はないはずだが」
「いえ、それが急な来客で…」
「予定のない者といちいち会ってなどいられるか」
 国王がピシャリと言うと、小姓は怯み、小さな声で呟くように話を続けた。
「私もそう申し上げたのですが、『リュウが会いに来たと伝えれば面会してくれるはずだ。追い返したりなんかしたら君が後で罰を受けるよ』、と言ってきかないのです」
 それを聞いて国王は視線を宙に向け、心当たりを探り始めた。
「リュウ…?リュウか。どんなヤツだ?」
「三人で来ていましたが、リュウと名乗った男はおそらく東方の人間だと思われます。オレンジ色の髪をした長身の男です」
 それを聞いて国王は両手を叩いた。
「海老名か!すぐに通せ。…ああ、何年振りになるだろうか」
 小姓に命じると彼はすぐに妻の傍へと向かった。
「ルシア、海老名が来ているらしい」
「まあ、本当ですか?」
「今、謁見の間に通すように命じた。すぐに会いに行こう。…ウォルターク、この場は頼むぞ」
 そして国王夫妻はその場を後にした。

 謁見の間に通されたラナン達は黙って国王の登場を待っていた。不安そうな表情を浮かべているペギラとは対照的に海老名は上機嫌で左手首の布を巻き直していた。そしてラナンは真剣な表情で辺りを注意深く観察している。アポイントメントもないのにこの部屋まで通された珍妙な三人組を衛兵達は不審の目で見ていたが、当然、口に出して何か言うことはなかった。
「遅いねぇ」
「王ってのは忙しいんだろう」
 海老名の言葉に答えながらもラナンは観察を続ける。するとファーンがルシアを伴って入室してきた。そしてそのまま玉座に腰掛け、ルシアはその傍らに立った。
「やあ、ファーン。久し振りだねぇ」
 大きな声でそう言いながら玉座へと近づいていく。それを見た衛兵達は即座に槍を握り直して腰を浮かせるが、国王がそれを制した。
「ああ、そうだな。今まで何を…」
 海老名に言葉を返しかけた国王であったが、海老名の顔を見て言葉が途切れた。そして口を開けたまま瞬きを数度、繰り返し彼の顔をまじまじと見つめた。それは隣にいた王妃も同様であった。
「どうしたの?」
 そんな二人の様子を見て海老名は尋ねた。国王はしばらく言葉を失ったかのように海老名の顔を見続けた。海老名は笑顔のまま見つめ返す。衛兵達は不審な目でそんな二人の様子を見る。
「本当に、海老名なのか?」
 平静さを取り戻したファーンが最初に言った言葉がそれであった。
「いやだなぁ。この顔を忘れちゃったってのかい?」
「…いや、覚えている。その顔…。十一年前と同じだ」
「だろう?君達は随分と変わったみたいだけどね。子供が二人もいるんだってね」
 しかし海老名の言葉はファーンの耳には届いてはいないようだった。
「魔法か?…いや、違うな。お前は年を取らないのか?」
「だからやめようと言ったんだ」
 離れた場所でペギラが呟く。国王はそちらを見るとまたも驚きの声を上げた。
「ペギラ、お前もか」
 国王の驚きを無視して海老名は続けた。
「その話はまた後で説明するとして、今日はペギラとその仲間が用事があるらしい。僕は途中で一緒に会って、たまたま来ることになっただけなんだ」
 ペギラは溜息をつきながらラナンと共にファーン達の傍へと歩いて行った。
「久し振りだな、エアリアー。元気だったか」
「一体、お前たちは…」
 どう話をしようかと迷っているペギラを制して、ラナンが一歩、前に出た。
「お初にお目にかかります、国王陛下。私はペギラの友人で、ラナン・ニアノと申します」
「う、うむ…」
 消化不良のままで進んでいく会話であったが、すぐに説明を与えられそうな様子ではなかったので、ファーンはまずは目の前に立つ赤毛の男の話を済まそうと考えた。
「実は本日、魔法について教えをいただきたくこうして参りました」
「魔法?」
「はい。奥方はこの世界において、最も魔法に長けた一人とお伺いしております。そこで、例の魔神討伐の件も含め、魔法について色々と伺いたく存じます」
 その言葉を聞き、先程から呆然と成り行きを見いてたルシアは我に返った。
「私に、でございますか?」
「どうしちゃったんだよ、ルシア。アマゾネス一のジャジャ馬がそんなおしとやかな振りしちゃって」
 チャチャを入れる海老名を制して、ラナンは続けた。
「いかがでございましょう?お時間をいただけますか」
 そう言われたルシアは真面目な顔付きなり、何か考えているようであった。しばらくの沈黙の後、ルシアは尋ねた。
「それは何のために?」
「目覚めた十三体の魔神を封じるためです」
 真っ直ぐなラナンの視線を受け止め、ルシアは静かに答えた。
「わかりました」
 その声を聞いた途端、海老名は手を叩いた。
「よし、決まりだ。頼むよ、ルシア。その間、俺とペギラはファーンと話をしているからさ。子供にも会わせてくれるんだろう?」
「…ああ、そうだな。お前たちには色々と聞きたいこともある。ルシア、東の応接室が空いている。そこを使え」
 こうして伝説の四勇者の再会は一度、幕を閉じた。

 ライルは北棟に向かうのを一時、取り止めて東棟へと向きを変えた。思いもかけぬミュウとの再会に心と頭の整理がつかなかったこともあり、バランタイン公への挨拶は父親に同行してもらおうと考えたためであった。そして東棟へと向かう道中、ライルの頭の中には様々な思いが浮かんでは消えていった。
(バランタインの娘が、あのミュウ…。ということは、俺はミュウと結婚できるのか?いやしかしミュウには他に好きな人がいたはず。ミュウは本当にそれでもいいのか?あの日、俺のお節介が彼女を傷付け、苛立たせ、怒らせてしまった。それにさっきのあの表情…。俺はあの娘に嫌われてしまっているんじゃないだろうか)
 驚き、喜び、不安…。いくつもの感情が入り混じったまま歩き続ける。もはや二日酔いなどはどこかへ消し飛んでしまい、強い日差しも全く気にはならなくなっていた。そうして東棟に戻ったライルは、いったん、自分の部屋に戻ることはせずに直接、父の私室へと向かった。しかしそこには誰もいなかった。
「閣下は政務棟におられると思いますが…」
 衛兵にそう言われて思い出したが、もうすでに昼なのだ。父親は仕事中に決まっている。ライルは父の姿を求めて南棟へと向かった。
 南棟に着き衛兵に父親の所在地を尋ねると応接室にいるという。ライルはそのまま応接室へと足を向けた。
 応接室の前に着いたライルだったが、ふと思いつき、廊下側の入口ではなく応接室から続く控えの間の戸を開けた。念のため来客が誰なのかを確かめるためであった。この控えの間は来客の飲物の要求などにすぐに応えられるように作られた部屋であるが、ここから応接室の中を確認することができるようになっている。ライルが控えの間に入ると小姓達が驚いて声をあげた。
「公子様、どうしてこのような所へ?何か私共に至らぬ点がございましたでしょうか」
「いや、そうじゃない。誰が来ているのかと思ってな」
 そう言うと小姓達が何か答える前にライルは台の上に乗って覗き窓から中の様子を窺った。この覗き窓は控えの間から応接室の中を確認するためのものだが、来客が『見られている』ということを感じないようにとの配慮から高い位置に作られている。
(ん…?あれは)
 来客者は大公よりも少し年上の男性であった。豪華とは言えないが上質の衣服を身に纏った初老の男。髭のない人の良さそうな表情をした丸顔にライルは見覚えがあった。その男性こそが彼の義父になるであろうバランタイン公であった。
(手間が省けたかもな)
 ライルは台から降りると廊下に出て、応接室の戸を叩いてから中に入った。
「失礼します」
 来客中の入室に眉を顰めて振り向いた大公であったが、息子の姿を見ると笑顔になった。
「ライラック、良いところへ来た。ちょうど今、バランタイン公とお前の話をしていたところだ。こっちに来て座れ」
「はい」
 真面目な顔付きでそう答えると長いソファに向かい合って座っている二人の方へと静かに歩き出した。そして父親の傍らに立つと深々と頭を下げた。
「お久し振りでございます、バランタイン公」
「久し振りだな。昔、見た時はまだほんの小さな子供だったが、なかなか立派な青年に成長したようだな。出来の悪い我儘娘だが、公子が引き受けてくれるとなれば安心だ。よろしく頼む」
 場の雰囲気を和ませるかのように笑顔でバランタイン公は答えた。
「いやいや、こちらこそ不肖の息子だがよろしく頼むぞ、公よ」
 ライルが何か言う前に上機嫌の大公が笑いながら大きな声で答える。ライルは苦笑したが、父親がこれほど上機嫌なのを見るのは久し振りなので嬉しくもあった。
「後で娘を連れて伺おう。まだ会ったことはなかったはずだな」
「いえ、先程お会いいたしました」
 もちろんもっと以前から会っているのだが、この二人にはそんないきさつなど話さない方が良いだろうと考え、そう答えた。
「そうか、我慢して付き合っていけそうか?」
「そんな…。我慢なんてとんでもない。魅力的なお嬢様です」
 慌ててライルは答える。そんな彼の様子を見てバランタイン公は微笑を浮かべた。
「気に入ってもらえたなら何よりだ。娘も婿殿のことはきっと気に入るだろう」
 そう言われてライルはドキリとした。
「お嬢様は、…本当に私などで良いのでしょうか?」
 思わずそう呟いた。それを聞いた大公もバランタイン公も怪訝な表情を浮かべてライルを見た。
「どうかしたのか、ライル」
「何か不安なことでも?」
 二人の表情を見ているうちに心の中の重圧に耐えかねて、ライルは言ってはならないことを言ってしまった。
「お嬢様には他に好きな人がいるのでしょう?それでも、私で構わないのですか?ミュウの…、あの娘の気持ちはどうなるんですか?」
 その言葉を聞き、大公は驚きの表情でライルとバランタイン公の顔を交互に見た。バランタイン公もまた、驚いた様子でライルを見つめている。
「ミュウリルがそのようなことを申し上げたのですかな?」
 平静さを装ってバランタイン公は尋ねる。
「あ…、いや、その…」
 狼狽したライルは何も言えなくなってしまった。そうしてしばらく大公とバランタイン公の顔を交互に見ていたが、やがて
「失礼します」
と言って逃げるように応接室を後にした。

 風魔と翔はすでに烏丸城を脱出していた。来た時とは違い結界を気にする必要がなかったので、風魔の飛行能力により一気に城外の森まで飛んだのであった。
「光明様が危ないとはどういうことだ?」
 とりあえずの脱出を翔に急かされたので保留にしていた質問を、地上に降り立つや否や風魔はすぐに投げかけた。翔は焦っている様子ではあったが、それでも辺りを一通り見回して確認すると質問に答えた。
「阿部が烏丸にいなかった。となるとどこにいると思う?」
「…!そういうことか」
「そうだ、皇居だ。光明達は今、皇居に向かっているのだろう?それもわずかな兵を連れて。烏丸城の内部は警戒が随分と緩かった。結界は張ってあったようだが、予想以上に簡単に潜入できた。きっと烏丸城の兵の大部分は皇居の近辺に伏せているのだろう」
 翔の説明を風魔は静かに聞いていた。しかし翔が説明を終えると風魔はしばらく何かを考え込んでいるようであった。黙ったまま微動だにしない風魔を翔は不審な表情で見ていたが、しばらくすると風魔は口を開いた。
「お前の言うことは分かるが、皇居周辺は貴族の屋敷や豪商達の商店が軒を連ねる一大都市だ。とても近くに伏兵を置くことはできん」
「それもそうだな。いや、しかし…」
「繰場砦周辺だな」
 翔が何か言おうとするのを遮る様に風魔は呟いた。
「何だって?」
「この城から南に繰場砦という所がある。今回の戦、幕府はそこへ神楽を誘き寄せることを考えている。もし阿部という男がお前の言うような人間なのだとしたら、幕府の考えをも見透かしているだろう。そして誘き出された振りをして兵を伏せた繰場砦へと移動をするはずだ」
「それじゃあ、その砦は避けて戦場は別の所にした方がいいな」
「…いや、敢えて乗るべきだろう。その伏兵さえどうにかすれば、逆に烏丸は空城も同然。一気に決着がつく」
「しかしどうやって?それだけの兵力はないだろう」
「俺に考えがある」
 そう言うと風魔は地面に腰を下ろして胡坐をかき、目を閉じると、その状態から動かなくなった。風魔が一体何をしているのか、もちろん翔には分からなかったが、迂闊に声を掛けるべきではないということだけは何となく分かったので、ただその様子を見つめたまま風魔の次の行動を待った。
 どれほど時間が経ったのかは分からないが、烏丸城から脱出した時にはまだ真っ暗であった空が段々と白んできた頃、風魔は目を開けて立ち上がった。
「…何をしていたんだ?」
「南雲と連絡を取った。これで伏兵を抑えられる」
 翔には風魔がどうやって南雲と連絡を取ったのか、そしてどのようにして伏兵を抑えるつもりなのかを理解できた訳ではなかったが、それでも何かしらの対処をしてくれたということだけは分かったので少し安心した。
「そうか。それで俺達はこれからどうする?」
「やはり光明様の所へ行かねばなるまい。光明様に、昨日のことはちゃんと謝るんだぞ」
「…ああ、分かってる」
 そして翔は南雲の導きに従って再び肩に掴まり、夜の明け始めた空を太陽の方角へと向かって飛んで行った。

風魔と翔が烏丸城へと向かった夜、光明はすでに皇居へ向けて出発する準備を整えていた。とはいうものの、将軍の死を伏せている現状では、実際には直接にその指揮を光明が執ることはできない。幸い、陽京にいる間は小早川を将軍補佐役としていたため、小早川にその部下である仙斉に命じさせて準備することとなった。元々、少数による部隊でもあれば大規模な戦に向かう訳でもないので重装備は必要としない。その上、皇居周辺であるために歩兵中心となるので新たに必要となる馬などはほとんどなく、さほど時間をかけることなく準備は完了した。
夜が明けると光明は、今回の陽京行に連れて来た武将の中でも勇猛で知られる芝田吉勝を呼び出して大将に任じた。しかしそれも当然、小早川から将軍の言葉として芝田本人に伝えられ、光明自身はそこに同席すらしていなかったのだが。
芝田は元々が農民の出であり、皇族や貴族との直接的な関わりは薄い。それどころか、『槍を取って戦うこともできない』、と貴族達を軽く見ているくらいである。内外に知られているそういった芝田の性格は、今回に限っては好都合だと考えて光明は彼を大将に任命したのであった。
 芝田を大将に任じるのと平行して、兵達は洛奈城の武者溜りに集められていた。大将に着任した芝田は重厚な鎧を見に纏い、大きな馬に乗ってその兵達の前に現れた。かつては筋肉の鎧に覆われたような体躯をしていた体も、そろそろ五十代に手が届こうかという今となっては幾分、脂肪が付き始めている。しかしそれが逆にその体を大きくも見せていた。この度の大役のためか、いくつもの戦場を潜り抜けてきたことを思わせる傷だらけのその顔に満面の笑顔が浮かべて兵達を見回している。
「吉勝殿、この度はよろしくお願いいたす」
 光明はそんな芝田の傍へと馬を寄せて声を掛けた。後々のために、という理由で光明は同行することになっていたのだった。
「おお、光明様。おはようございます。光明様は実戦は初めてでしたな。しかし私の傍にいれば何も心配することはございません。この命に代えてもお守りいたします。此度は戦場の空気というものを肌で感じ、采配を振るうということがどういうものなのか、じっくりとご覧ください」
「吉勝殿。その意気は頼もしいが、この出陣はあくまで示威行動。槍を交えるとは限らぬ」
 光明は苦笑してそう言ったが、芝田は大声で笑うと笑顔で光明に言った。
「閣下はそう考えておられぬのでしょう。だから私が大将に任命された。違いますかな?それに示威行動とおっしゃるならばいつ交渉事が始まらないとも限らないのに、そういう方面に適した小早川殿が居合わせない。ということは、最初からやる気だということでしょう。そしておそらく、小早川殿も自分の兵の編成をしている、といったところですかな」
 武勇や胆力で名を馳せている芝田であるが、彼とて一流の武将であるからにはそれなりに洞察力もある。今も状況をしっかりと把握して自分なりの判断をしているようであった。そんな芝田を見て、光明は彼に耳打ちをした。
「…そこまで分かっているのなら、話しておいた方が良いだろう。吉勝殿の考えている通り、皇居において護兵との武力衝突は想定している。しかしそこで勝利してはならない」
「と、仰せられますと?」
「ここを決戦の場にするつもりはないということだ。もちろん、多少の小競り合いはあるだろう。しかし最終的な戦場は繰場砦だ。そして父上は小早川と共に援軍を引き連れて現れる手はずとなっている」
「なるほど、それゆえ閣下の姿をお見かけしないのですな」
「そういうことだ。しかし、これはまだ兵達に伝えてはならない。兵達の気勢を見せねば神楽も繰場砦へ撤退しないだろうからな」
「なるほど、分かりました」
 芝田への説明を終えると光明は立ち並ぶ兵達を見回し、そして再び芝田の方へ顔を向けた。
「よし、それでは行こうか。吉勝殿、号令を」
「では」
 そう言うと芝田は腰から自慢の長刀を抜いた。そしてそれを天にかざし、見守る兵達に向かって叫んだ。
「これより我らは、聖拠を帝のために取り戻す。そのために我らの気勢、逆賊共に示してやろうぞ」
 彼らしい、簡潔な号令である。兵達はその号令に応えて雄叫びをあげた。そして大きく開かれた門をくぐる芝田と光明の後をついて進み始めた。

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