外伝2:安倍清晴 「虚飾の日々」

(3)

日曜日。今日は小鳥の囀りで目が覚めた。珍しいことだ。最近は朝、小鳥が窓辺にいるなんてことはめったにない。空も青く澄み渡っている。少し湿気を含んだ空気だが、いい朝だ。今日はいい日になりそうだ。昨日は最悪だったが。時計はすでに八時三十分を回っていた。ちょっと寝過ぎたか。俺は軽く朝食を済ませると、しっかりとキャップのしてあるBの鉛筆を四本、ポケットに入れてスケッチブックを片手に家を出て大公園に向かった。
 大公園。正式には何とか総合運動公園とか言うらしいが、面倒なので俺はこう呼んでいる。ここは市が所有する公園だが、広くて緑が多く写生にはうってつけの場所だ。こういう天気のいい日には時々スケッチに来る。噴水やアスレチック広場、陸上のトラックもあり、市内でも人気が高い場所だ。それだけにこういう日には人が多い。唯一の難点を挙げるとするならばこれだろうか。俺は人、特に子供を嫌ってアスレチック広場から離れたベンチを選んで座り、鉛筆を手にした。これからは緑が茂ってくる季節なので眺めもいい。俺はしばらく絵の世界に没頭していた。いい感じだ。鉛筆が滑るように景色を描写していく。そんな俺を現実の世界へと引き戻したのは携帯電話の音だった。持って来るべきではなかったか。俺は溜め息をついて電話に出た。
「もしもし」
「おう、俺だ」
 それは受けた方が言う台詞だろう。
「ちょっと話があるんだが、会えないか?」
 声の主は沢登だ。こんな太い声の人間を、俺はほかに知らない。
「今すぐか?」
「いや、そうだな…。二時頃でどうだ?」
「分かった」
「じゃあ、この間の店でいいな」
「ああ」
 そう言って電話を切り、時計を見た。十一時二十三分。そうだな、一度家に帰って昼食にしよう。俺はスケッチブックを閉じると公園を出た。

 約束の店に着くと、沢登はすでに来ていた。今日はベイクドチーズケーキを食べている。おそらくケーキを食べる姿がこんなにも似合わない人間は、そうはいないだろう。俺は近寄って来たウェイトレスにサントスを注文した。
「いきなり悪かったな」
 珍しいな。人を呼びつけてもこんなことは言った例がないのに。表情も真剣そのものだ。一体、何の用だ?
「いや。で、何だ?」
 沢登はしばらく黙ったままだった。俺の方を見て口を開いたり閉じたりしている様子からすると、話すことは決まっているがどう切り出そうか迷っているようであった。ウェイトレスがサントスを持って現れた頃、やっと喋り始めた。
「なあ、お前、昨日、サッカーを見に行かなかったか?」
「ああ、そのことか。悪かったな、お前の誘いを断ったのに他の人間と行くなんて、褒められたことじゃないな」
 これも珍しいことだ。普段の沢登ならこんなことは気にしないはずだ。
「言い訳だが、成り行きでそうなっただけなんだ」
「いや、それはいいんだ」
 じゃあ、何だ?いいんだったら、なぜわざわざ俺を呼び出す?なぜそんなにも話しづらそうに質問する?疑問に思って沢登の方を見ると、何か言いたそうだが、下を向いて躊躇っているようであった。しばらくの沈黙の後、沢登は顔を上げた。
「なあ、一人で行ったわけじゃないんだろう?誰と行ったんだ?」
 ははあ、なるほど。俺はすぐには答えず、ポケットから煙草を取り出して火を点けた。沢登はこちらをじっと見ている。俺は息を吐いて煙草の灰を落とすと、沢登の目を見返して逆に尋ねた。
「ところで、花は決まったのか?」
「え?」
「川瀬舞奈にあげる花だよ」
 それを聞いて沢登は驚きと困惑の入り混じった表情をした。
「やっぱりな。そういうことか」
「お前、何で…」
「分かるよ。お前は腹芸に向いていない」
 俺は再び煙草をくわえた。沢登は何を言えばいいのか、迷っているようだった。おそらく、聞きたいこと、言いたいことはたくさんあるのだろう。しかしそれに付き合ってやるつもりはなかったので、簡単に済ませることにした。
「さっきも言ったが、あくまで成り行きだ。別に俺とあの女はなんでもない。だから気にするな」
 そう言って俺はレシートを取り、レジへと向かった。

 全くつまらないことに付き合わされたものだ。あの女絡みとなるとロクなことがない。しかし、沢登も一体全体、あの女のどこが気に入ったのか。外見か、性格か、それとも能力か。あいつが惚れるぐらいなのだから、あの女には何かあるんだろうが、それが何なのかは俺にはさっぱり分からない。別に分からなくても構わないが。
 俺はそんなことを考えながら駅に向かって歩いていた。本屋にでも寄ろうかと思ったが、この近辺で川瀬舞奈に出くわしたことを思い出してまっすぐ帰ることにした。駅に着いて電車を待っていると、空が暗くなりだした。一雨来るのか?生憎と傘は持っていない。まあ、電車を降りて降っているようなら、どこかで買えばいいだろう。
 目的の駅に着いた。まだ雨は降っている。俺は舌打ちして階段を上って改札に向かった。ポケットから定期券を取り出し、改札を抜ける。雨は止む気配はなくますます強くなってきたようだ。車で迎えに来てもらおうにも、こんな時間では家には誰もいまい。駅から家まではしばらくあるが、仕方がない。歩いて帰るとするか。その前に売店でビニールの安物傘を調達した。しかし、こんな小さい傘では体の全てを守りきれる訳がない。案の定、家に着く頃には濡れ鼠になっていた。鍵を開けて家に入ると、お袋の驚いたような声が俺を迎えた。
「歩いて帰ってきたの?すごい雨だったでしょう。電話すればいいのに」
「居たんだ」
「何、言っているのよ。今日は日曜でしょ。お父さんだっていたのに」
 そう言えばそうか。まあ、今更言っても詮無いこと。それよりもこの冷えた体をどうにかしなくては。
「風呂は入れる?」
「沸いているわよ。早く入ってらっしゃい」
「そうする」
 ずぶ濡れの服を脱ぎ捨て、俺は湯気に包まれた楽園へと足を踏み入れた。湯船を満たすこの暖かな湯は体の芯から暖めてくれる。俺はしばし、時が移り行くのも忘れて安息の世界に身を委ねていた。多少、のぼせるくらい湯に浸かった後、冷たい水をかぶって風呂を出た。湯上りに生グレープフルーツジュースを飲み、自分の部屋に戻った。時計を見る。四時。さてどうするか。特に趣味もない人間はこういう時には却って苦労する。多少、手持ち無沙汰の俺は煙草に火を点け、椅子に座って考え事をしていた。
 しかし沢登にも驚きだ。川瀬舞奈ような女が好みだとは。そういえばあの二人、同じ講義を取っているのか?学科は別だし、サークルが一緒という訳でもない。どこに接点があるんだ?ま、川瀬舞奈もあの外見のせいで一部では有名らしいからな。沢登が一方的に知っているだけなのかもしれない。だとするとあいつも外見で惑わされたクチか。案外、普通の奴なのかもしれないな。
 川瀬舞奈も分からない。違う学科ではあるが去年から講義で一緒になることはしばしばあった。が、特に話もしなかったと記憶している。それなのに最近はよく話しかけてくる。どういうつもりなのか。昨日みたいにノートを借りる一人としてストックされているのかもしれない。だとしたら、ノートは貸してやるからいちいちご機嫌取りなんかしなくていい。放って置いてほしいものだ。
 くだらないことばかりが頭に浮かんでくるのを防ぐため、俺はマシンを起動してメールチェックを始めた。着信は六件。須山と姉貴と、後はメーリングリスト関係だ。俺はまず須山からのメールを開いた。今日はバイト先のことが書いてあった。なんでもあいつは、声優のアルバイトをしているらしい。どこで見つけたのやら。当然のことながらチョイ役ばかりらしいが、友達の声がテレビで流れているかと思うと不思議な感じだ。家族に声優がいる人なんてのは、テレビを見ていてどんな気持ちがなんだろうか。俺にはよくわからないが、須山はそういう世界に興味があるらしい。高校の時も確か、『機動仏師ガンダーラ』、…いや、違うか。タイトルは忘れてしまったがロボットもののアニメを熱心に見ていた。いわゆるオタクというやつか。しかしあれほど真人間染みたオタクもそうそういないだろう。あいつはそういうところが面白いんだが。このメールも読む人が読めば面白いのだろうが、俺にはさっぱり分からない。適当に読み流していったが、最後の一文が目に留まった。今週、兄弟の結婚式で京都に帰ってくるらしい。時間が取れたら会えるだろうか。連絡を取ってみるか。
 次は姉貴からのメールだ。姉貴は結婚して四年経つが、子供はいない。共働きだから作らないことにしているらしい。生物としての本能に反するような気もするが、人間が社会で生きる動物である以上、仕方のないことなのかもしれない。どちらにしろ、俺がとやかく言う問題ではない。この年で叔父さんなどと呼ばれるのもぞっとしないしな。こちらは至極退屈な内容だ。仕事の愚痴、旦那への不満などが書き連ねてある。弟に愚痴なんか垂れても仕様がないだろうに。シェイクスピアを気取って言うわけではないが、『それが女というもの』なのだろう。
 残されたメールにもざっと目を通し、適当に返事を書いて送信してマシンの電源を落とした。特にやることもなかったので、漱石を手にとって眠りにつくべき時間までを過ごすことにした。

 月曜の朝は憂鬱になると言う人が多いが、俺はそんなことはない。普段、取り立てて何もすることがないので、講義があるというのはかえってありがたい。例えそれが至極退屈なものであっても。ヴァリエッタをいつもの駐車場に置いてキャンパスへと向かう。この時間はまだ人が少ない。俺はキャンパスの中をブラブラと歩き回っていた。一コマ目の講義が始まるまで、いつもこうして過ごすことにしている。だんだんと人が多くなってくると連絡用の掲示板の確認に行く。今日は…、四つのうち三つが休講。なんてことだ。二コマ目の講義以外は全て休講だ。手持ち無沙汰もいいところだ。しかたがないので、図書館で時間を潰すことにした。
 こういう時はすぐに読むのをやめられる本がいい。下手に熱中して読んでしまうと、講義の時間を忘れる恐れがあるからだ。俺は適当な美術書を手にし、大して役に立たない知識を詰め込みながら時間が過ぎるのを待った。
 その本に飽きてきた頃、ちょうど一コマ目の講義の終わりを告げるチャイムが鳴った。俺は本を閉じ、二コマ目の講義がある教室に向かった。教室に入ると、まだ一コマ目の講義に出ていた連中が教室に残ってしゃべくっている。さっさと出て行って欲しいものだ。
 わざわざ待った割には大したことのない内容の講義が終り、放免の身となった。午後はまるまる空いてしまった。これ以上、学校にいてもすることがないので俺は駐車場に向かい、ヴァリエッタに乗り込んだ。まっすぐ帰ってもやることがない。暇つぶしにビデオでも見ようと思い、レンタルビデオ店に寄った。店の中にはそれほど人はいない。昼間だからか、それともこの店が流行っていないからなのか。この店にはあまり入ったことはないのでその判断はできないが、まあ、そんなことはどうでもいいことだ。そういえば、一年程前に会員になったが、ほとんど借りたことはない。確か、チャップリンとヒッチコックを一通り見てそれっきりだ。今日は時間もあるので、どんなビデオが置いてあるのか一通り見てみることにした。とはいえ元々、映画はそんなに詳しい方でもないから、見ていてもよく分からない。端から順にタイトルを見て気になったものは手に取ってパッケージを見たりしていたが、その作業にも飽きてきた。早いところ、一本決めてしまおうと思ったその時、俺の目に気になる作品が映った。『民族の祭典』。一度、見てみたいと思っていたが、今までその機会に恵まれなかったものだ。俺はケースに差し込まれたカードを抜いてカウンターへと持って行った。幸いカウンターはすいていて、二人の店員が暇そうにしていた。カードと会員証を店員に渡そうとした時、その店員の顔を見て多少、驚いた。川瀬舞奈だ。向こうも俺を見て驚いたようだった。
「あれ、安倍君じゃない。どうしたの?今の時間は経済原論の講義じゃなかったっけ?」
 あんたもそのはずだろう。そう思ったが当然、そんなことは口にせず、一言で説明してやった。
「休講」
「あ、そうなんだ。ラッキー」
 どちらにしても出るつもりなどはないくせに、よくこんなことが言えたものだ。川瀬舞奈は俺から受け取ったカードと会員証を機械に通していた。会員証を機械に差し込んだ時、ピーという音が鳴った。不審な表情で機械を見つめた彼女は会員証を裏返し、何かを確認しているようだった。
「これ、期限過ぎてるわよ」
 そういうことか。一年ほど来ていないのだからそういうこともあるだろう。
「どうする?継続する?」
「ああ」
 継続しなければ借りられないのだろう?当たり前のことを聞かないでほしいものだ。
「じゃあ、これ」
 申込書とボールペンを渡された。俺がペンのキャップを取って名前を書き始めた時、彼女の隣にいた男の店員が彼女に話し掛けた。
「川瀬さん、今日の仕事があがったらどっか行かない?」
 接客中の店員を口説くとは、ふざけた奴だ。
「ごめーん、今日は駄目」
 ふん、ざまあみろだ。
「じゃ、明日は?」
 めげない男だな。仕事はいいのか?
「悪いけど、そろそろテストがあるから勉強しなくちゃ駄目なの」
 勉強なんかしないだろうに。ま、大義名分が立つ口実ではあるな。
「これでいいのか」
 申込書を書き終えた俺は、敢えて普段よりも大きな声で言った。川瀬舞奈は助かったという風に紙を受け取り、目を通し始めた。隣の男もあきらめたようで、テープのチェックを始めた。
「うん、大丈夫。…安倍君の家って、うちから結構近いんだ」
 おいおい、店員が書類の記載内容をそんな風に確認するのはマズイんじゃないのか?
「あれ、誕生日、先月じゃない。言ってくれれば何かあげたのに」
 過ぎてからなら何とでも言えるさ。いちいちそんなことを確認していないでさっさと手続きを済ませてくれ。
「私、来週、誕生日なんだ」
 だから何だ?俺は何もやるつもりはないぞ。沢登が花をくれるだろうからそれでももらっておけ。
 うんざりしながらビデオショップを出た俺は隣の本屋へと入った。

 本屋では何も収穫がなかったので、俺はそのまま家に帰って早速借りてきたビデオを見た。しばらく時間が過ぎるのも忘れて画面に集中していた。実家ではあるが普段は家に誰もいないので、こういう時は邪魔されなくていい。ビデオを堪能した後、自分の部屋に戻って一服点けた。そして何気なく夜景の写真集を手にして眺めた。函館、横浜、神戸、長崎…。やはり夜景は港のある町が美しい。京都で夜景、というと寺が入ることが多い。別に寺が嫌いというわけでもないが、個人的嗜好を述べるなら、港に浮かぶ光やネオン煌く街の風景が良い。敢えて地名を挙げれば、やはり神戸だろう。山と海に挟まれた細長いその土地は、山から海を見下ろすことにより左右に広く景色を眺められる。三宮のビル群、メリケンパーク、ハーバーランド、ポートアイランド、そして遠くに見える大阪湾…。市章山から望む神戸港は、まさに1000万$の夜景と呼ぶに相応しい。ネオンの光はその一つ一つがそこに人が息づいている証でもある。そう思うと、詩人の心など持ち合わせてはいない俺でさえ感傷的な気分になる。こうして闇と光が奏でる幻惑の世界に心を投じると、俗世のことを忘れることができるかのようだ。気が付けば、窓の外も夜景が見られるようになっていた。いつの間にかお袋も帰ってきたようで、下で物音がする。俺は本を片付けてテレビをつけた。「遠山の金さん」か。ちょうど、お白州の場面だ。
「…勘定奉行・伊豆守貞明と結託し、そこな浪人・伊勢三十郎を雇い番頭頭・助蔵を殺害せしこと吟味の結果、明白である。左様、相違ないな」
 いつも通りの文句だ。
「これはこれは、お奉行様ともあろうお方がとんだ言い掛かりを。助蔵が死んだのは酔って石につまづいた弾みに川に落ちてのこと。我々が殺したなどとは…」
 いつも通り、悪役がとぼける。次は被害者の関係者の出番だ。
「いいえ、私は見ておりました。この浪人が助蔵さんを川に突き落とし、溺れさせたのです。そしてそれを見ていた私をも殺そうとしたのです」
「お奉行様、このようなどこの馬の骨とも知れぬ田舎娘のいうことを信用なさると、名奉行の名に泥を塗ることになりますぞ」
「そんな…。本当です。お奉行様、信じてください」
「ふん、何か証拠でもあるのか」
「証拠なんて…。そうだわ、金さんよ。お奉行様、私がこの浪人に襲われた時、遊び人の金次という人が助けてくれたんです。あの人ならきっと…」
「ほう、面白い。ではその金次とやらを呼んできてもらおうか」
「そうだそうだ」
「金次を呼べ」
「金次に会わせろ」
 悪役が騒ぎ出した。そろそろだな。
「やかましいなぁ。うぬら愛しの金さんは、初手からこのお白州に来てるんだ」
 悪役があたりを見回す。これからが見せ場だ。
「おうおうおう、あの日あの晩近江屋の庭で、見事に咲いたお目付け桜夜桜を、まさかうぬら、見忘れたとは言わせねえぞ」
 画面いっぱいに遠山桜が映し出される。悪役達が驚く。
「おのれ、遠山」
 同席していた勘定奉行が襲い掛かる。それを軽く投げ飛ばし、いよいよ最後だ。
「裁きを申し渡す。近江屋与平、伊勢三十郎、打ち首、獄門。余の者終生遠島を申し渡す。伊豆守貞明、追って評定所より切腹の沙汰がある。引っ立てい」
「ははっ」
 流れるような口上。さすが世界を釣る男。ちょうどその時、下から声が聞こえたのでテレビを消した。どうやら食事らしい。下へ降りて食卓に着こうとした時、お袋が台所で背を向けたまま言った。
「ビール出してあげて」
 ちょうどその時、風呂場のドアが開く音が聞こえた。なんだ親父、今日は早いな。そう思って冷蔵庫から缶ビールを出した瞬間、背後からそれを奪われた。
「ありがとう」
 女の声だ。誰だ?振り返ってみると、そこには姉貴がいた。
「姉貴…。何だよ、ついに出戻りか?」
「何、言ってるのよ。今日帰るってメールに書いたでしょ」
 あんな退屈なメール、最後まで読むものか。
「あんたも暇ねぇ。大学生がこんな時間に家で何やってるのよ」
 大きなお世話だ。姉貴こそ湯上りにバスタオル一枚でビール片手にウロウロしてるんじゃない。はしたない。慎みという言葉を知らないのか。
「ちょっと真希、服ぐらい着なさい」
 お袋も見かねたようで注意した。姉貴はそれにもお構いなしだ。
「これ飲んだらね」
 500ミリリットルの缶ビールを豪快に一気飲みすると姉貴は元自分の部屋へ戻って行った。結婚してこの家を出てからは半分、物置になっている部屋だ。ロクに掃除もしていないからホコリが溜まっているだろうな。そんなことを考えながら食卓に着く。今日は湯葉か。京都の名物として知られてはいるが、うち以外で食卓に湯葉が並ぶ家というのはどれくらいあるのだろうか。そんなくだらないことを考えながら食事を済ませ、風呂に入ってさっさと眠りについた。

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